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2015/11/02
犬もあるけば棒にあたる。パリで珍しい教会に出会いました。

人と会う約束の時間に少し早かったので、友人と二人で時間つぶしのために散歩していたら、立派そうな教会が見えたのです。なんだか入りたくなりました。

一緒にいた友人を誘うと、「そんなところに入りたくない」と言う。いわくのある教会だったのです。付き合って一緒に教会に入ってくれたのですが、私がミサに見とれていると、いつの間にか外に出ていた...。

2015年秋 パリ首都圏旅行シリーズ
その8  
目次


サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会(Église Saint-Nicolas-du-Chardonnet)

パリ5区にある教会です。場所はこちら

Église Saint-Nicolas-du-Chardonnet
Église Saint-Nicolas-du-Chardonnet

入り口にパリ市の観光案内がでています。こういうのが立っているところは見る価値があるのです。



チャペルがあった場所に、17世紀半ばから18世紀初頭にかけて建設された教会で、入り口のところだけが20世紀前半に作られたのだそう。としたら、中は外観以上に見る価値がありそうではないですか? 内部には見る価値がある芸術作品もあるとのこと。

教会の名前が「Saint-Nicolas-du-Chardonnet(サン・ニコラ・デュ・シャルドネ)」と覚えやすいのが気に入りました。サン・ニコラはサンタクロース。「シャルドネ」と言われると、ブルゴーニュワインのブドウ品種のシャルドネを連想します。でも、綴りは違う。ブドウの方は「Chardonnay」です。それでも親しみを持ってしまいました。

入りたくないと言った友人が、パリ市の観光標識には書いていないことを教えてくれました。

ここは、非常に特殊な教会なので有名なのだそうです。intégriste(伝統完全保存主義者、非妥協的保守主義者)、catholique traditionaliste(伝統的カトリック)という言葉を使っていました。ヴァチカンのローマ教皇庁から認められていない宗派なのだそう。

アンテグリスト(intégriste)と聞くと、過激なイスラム教徒を連想してしまうので、ちょっと怖くなる...。

でも、昔ながらにラテン語のミサをしていると言うので興味を持ちました。昔はどこでもラテン語でミサをしていたのに、その国の言葉でするようにというローマ法王のお達しがあってから無くなっていたと聞いていました。昔ながらのミサは、映画の中でくらいしか見れないと思っていたのに、ここではやっているのだそう。


中に入ってみると、ちょうどミサをしている♪!

すぐに、ミサをしているところに入ってしまったことで気が咎めました。異様に緊張した雰囲気に包まれていたのです。

絵画や建築などを眺めて歩いたりしたら叱られそうなので、目立たないように一番後ろの席に座りました。

敬虔なミサが行われているときにカメラを出したら、間違いなく叱られるだろうと思って、内部の写真は1枚も採りませんでした。なかなか立派な教会だったのをお見せしたいので、Wikipediaに入っている写真のリンクを入れます。

 Saint Nicolas du Chardonnet - nef et choeur

見たことがないミサの仕方でした。

司祭さんは、参列者に背を向けて、ラテン語でミサをあげている。小さな声で祈りをささげているので、よく聞こえない。私が座った横にはスピーカーがあったのですが、それでもよく聞こえない。つまり、囁くように祈りの言葉を発しているのでした。

ものすごく厳粛な雰囲気。聖職者になる覚悟をしている修道院の僧侶たちならいざ知らず、ここは世俗の信者が集まる教会なのですから、なんだかすごい...。

しかも、無言の時間が長く流れる。参列者たちは、それぞれが自分の思いにひたっている様子。無言でいるとフラストレーションがたまるのだろうと思っていたフランス人なのに、こういう時間も過ごせる人たちがいるのか、と感心しました。

時々、誰が鳴らしているのか、小さな鐘の音が聞こえました。途中で、アンジェラスの鐘が聞こえてくる。それに合わせて夕方のミサをしていたのかも知れない。ミサの最中に聞こえてくるアンジェラスの鐘は格別に良かったです。

ラテン語の響きも良かった。私には、時々発せられる「アヴェ・マリア」くらいしか聞き取れませんでしたけれど。

デジカメで教会に入る前と出たときの写真を撮っていたので、時間を確認してみました。私は30分くらい居座ってしまったようです。


教会を出たとき、掲示が目に飛び込んできました。本来は、入る前に見なければいけなかったようです。



この教会に入るには、服装の制限があったのでした。

肩を出していたらダメ。ミニスカート、ショートパンツ、バーニューダーもダメ。しかも、ミサに参列する女性は頭を覆ってください、と書いてある。

軽い服装で教会に入ってはいけないというのは、信仰が厚いイタリアでは注意しなければならない点で、こういう注意書きはイタリアではよく見かけていました。

ヴェールをかぶらなければいけないというのはイスラム教のモスクに入るときの注意だと思っていました。エジプトに行ったときには、イスラム寺院に入るときにレンタルのヴェールを借りるためにお金を払わされましたので。さらに、見学を終えて出ようとしたら、チップも払えと恐喝された...。そこまではいかなくて、ヴェール着用を促しているだけだったので気にしません。

カトリックも、本来はヴェールを被るものでしたか...。でも、なぜ女性だけがそうなるの? 女性は不浄だから?...

でも、普段とは違った服装をすると心の中にも変化が現れるものですから、悪くはないとは思います。むしろ、フランスがライシテの国だから宗教色を表す服装を公共の場でしてはいけないということになっていることに私は違和感を感じます。例えば、日本の家屋に入るときには履物を脱ぐのが常識です。それを宗教色からだ止めろと非難されるのと同じ感覚を覚えるのではないでしょうか? さらに、体を覆いさえすれば入って良いと認めるのはおかしいと思う...。

確かに、ミサを見学していたとき、頭に被り物をしている女性がチラホラいたのが目についていました。でも、女性の全員ではなかったですね。むしろ、ヴェールを被っている人の方が少ないとさえ感じました。伝統は失われているのだと気がつきました。


トリエント・ミサrite tridentin

教会を出てから、ラテン語のミサを見れて感激したと友人に話しました。みんなは何を言っているのか分かっていないのだ、と冷たい返事。でも、司祭さんが祈りを唱えていたとき、一緒にラテン語を言っている信者の人たちもいましたよ...。

同じように、司祭は参列者の方を向いてミサをあげなければならないということになっているのに、ここでは司祭は祭壇に向かってミサをあげていました。そうすると、聖職者も信者も神様に向かって同等という立場に見えるので、その方が良いと私は思ったのですけれど...。

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会で行われていたのは、トリエント・ミサ(rite tridentin)と呼ぶものでした。

これはトリエント公会議(Concile de Trente、Concilium Tridentinum 1545~63年)に定められた典礼に従うものなのだそう。トリエントというのは、現在ではイタリアのトレントという地名。

カトリック教会では、第1ニカイア公会議(325年)から第2バチカン公会議(1962~-65年)まで、21回の公会議(Concile œcuménique)が現在のところ認めているとのこと。

現在のカトリック教会で行われるミサは、パウロ6世が1969年に発布した典礼方式に従っている、と理解すれば良いようでした。

私が見た「messe basse」と呼ばれるミサで、歌を伴わないで、司祭が祈りを捧げるだけの形式のようでした。それで静寂さばかりのミサだと感じたらしい。

それに対立するのは「grand-messe」。この教会でも華やかなミサをあげているのでした。

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会で行われたミサの様子を見せる動画がたくさんありました。私は遠くの席にいたので、司祭が何をしているのか見えなかったのですが、動画ではよく見えます。


Tridentine Mass, Saint-Nicolas-du-Chardonnet part 6

続きのようです ↓


Part 7

この教会でのミサを見せる動画には、1時間以上のもあります:
Grand-messe à Saint-Nicolas du Chardonnet
Monseigneur Lefebvre - Messe pour la fête du Christ Roi


ふと、気になりました。司祭が参列者に背を向けて祭壇に向かって祈りをささげているのですが、今の普通の教会では、テーブルのようなものがあって、その向うに立っているのを眺めるというスタイルではないですか?

教会と祭壇をフランス語でキーワードにして画像検索した結果

背を向けるとしたら、祭壇は壁になければならないはず。昔に建てられた教会の祭壇は奥の壁に設置されていて、参列者の方を見なければならなくなってからテーブルのようなものを設置することにしたのかな?...


ヴァチカンが認めなかった教会...

古式豊かなミサがとても気に入ったのですが、情報ではサン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会は不法に占領している、と書いてある。どうことなのかを調べてみました。

1977年2月27日(日)に共済組合のホールでラテン語によるミサが行われる、という知らせが新聞に入っていたそうです。

新聞の名はL'Aurore。エミール・ゾラがドレフュス事件に対して「私は弾劾する!(J'accuse…!)」と題した大統領あての手紙を載せた新聞ですね。

その翌日、会場に集まったのはほんの一握りの人たち。彼らはそっと隣にあるサン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会に向かう。礼拝を終えた司祭は、これからバスティーユの攻撃のようなことをされるとは全く気がついていなかった。

そして、Ducaud-Bourget司祭(当時80歳)が祭壇にあがり、ラテン語でミサをあげた。

このDucaud-Bourgetという人は、華々しい経歴を持った人のようです。詩人、戦時中にはレジスタンス運動をしていて(ユダヤ人を逃がした功績が大きい)。高位聖職者で、ラテン語でミサをあげることを主張していた。

しばらく、サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会のもともとの信者たちと乗っ取り組の間で、「ラグビーのような」戦いのような根競べが続いたけれど、Ducaud-Bourgetを司祭とする乗っ取り組が勝った。

1984年、Philippe Laguérieという人が2代目の司祭になりました。このあたりから、サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会は政治色を帯びてきた感じがします。

この人は、スイスのエコンに本部を置く聖ピオ十世会(Fraternité sacerdotale Saint-Pie-X)の国際神学校の出身者。

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会は聖ピオ十世会が組織して占領したわけではないようなのですが、Philippe Laguérieの代から聖ピオ十世会の出身者たちが指導者になっていますね。

聖ピオ十世会は、フランス人のマルセル・ルフェーブル(Marcel Lefebvre)が1970年に設立していました。

ルフェーブル大司教はローマ教皇庁から破門されましたが、2009年に破門を取り消されています。とはいえ、は未だにヴァチカンからは公式に認めてもらっていません。

Héraldique meuble Coeur vendéen.svg右にピオ十世会のロゴを入れました。ヴァンデ県(古いロゴが入っているWikipediaのページ)のによく似ているのですよね。ハートが2つ。それに王冠、その上に十字架。

フランス革命に反発してヴァンデの反乱をおこしたくらいカトリック信仰に厚い地域で、今でも旅行すると宗教心が根強く残っていると感じます。こんな県マークでは政教分離のフランスに相応しくないと非難されて、今のヴァンデ県議会ではマークをデザイン化したもの(こちら)を使っています。

このマークが車に張ってあるのを見たことがあったような...。それは郷土愛から来ているのではないかも知れないので、覚えておこうと思いました。

右に入れたのはWikipediaに入っていたピオ十世会のロゴなのですが、実際、この画像はヴァンデ県のロゴとして作成したらしいものを流用しているようです(画像のファイル名がそうなっているので)。

実際のピオ十世会のロゴはどうなのかと調べてみたら、ほとんど同じですね(こちらの画像)。少し前の日本では、東京オリンピック2020のエンブレムが盗作だったと騒がれましたが、デザインをする人は意外に独創性がないのかもしれない...。


スイスにある聖ピオ十世会の神学校の様子を見せる古い映像がありました。Marcel LefebvreとDucaud-Bourgetも登場してインタビューに答えています。1976年の映像。サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会の占拠の前年に放送されたニュースのようです。


Messe integriste - INA 1976年


サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会が占拠されて追い出された「公式の」司祭は裁判を起こし、教会を返すようにという判決が下されました。でも、教会は未だに占拠されたまま。

フランスの法律では、カテドラルは国の所有、1905年以前に建てられたエグリーズ(教会)は市町村の所有となっています。従って、このサン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会はパリ市が所有しています。でも、歴代のパリ市長は伝統的カトリック信者たちに出て行けとはやっていません。パリ大司教も、ローマ教皇庁に逆らう彼らを認めないものの、強硬手段はとらない。

大きな問題は、サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会には右翼的な政治色があることでした。ホロコーストの否定、フランス領アルジェリアの肯定、王政主義の肯定、極右政党の指導者たちに好かれていることなど...。つまり、ローマ教会にも逆らうし、フランス国家にも逆らっている、ということらしい。

この教会に入りたくないと言った友人は、そこらあたりに嫌悪感を感じていたのだろうと思いました。

ラテン語でミサをするのは良いと思いましたが、「地理上の発見」と呼ばれる時代にしていたカトリック教徒たちの残虐性は持って欲しくないな...。


信仰心も、恋愛感情も、障害があった方が燃え上がるものではないでしょうか?

サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会は、教会の外でも礼拝行進をしているようです。信仰心が強いイタリアやスペインでは珍しくないけれど、フランスではめったに出会いません。ましてやパリの町中で行われているとは驚き...。

この教会が「Fête-Dieu(聖体の祝日)」の祭りでパリの中を歩いている映像です。


Procession de la Fête-Dieu - Eglise saint Nicolas du Chardonnet (Paris)


サン・ニコラ・デュ・シャルドネ教会は、芸術作品の宝庫らしい

ミサが終わって参列者が立ち上がるときまでいたのですが、みなさんはなかなか帰っていかない。座ったままでお祈りを続けている人も多かったです。

見る価値がある作品を見たいと思って歩きだしたのですが、お邪魔をしては悪いという気持ちがして、内陣の方にまでは行けません。ほんの少し絵画を眺めただけで教会をでました。

見たかった作品をインターネットで探してみました。本当に価値があるなら、またパリに行ったときにはミサが行われていない時間を見計らって行こうと思ったので。

そもそも、フランスの教会にあった芸術作品のほとんどは美術館に移されています。ちゃんと教会に残っているイタリアなどとは対照的。フランスは信仰心が薄れて信者が出入りしないので、泥棒に狙われるからだと思います。こんな過激な信仰心を持っている人たちが集まるところだったら、作品が残っていても不思議はありません。


まず、この教会で見たかったコロー(Jean-Baptiste Camille 1796~1875年)の作品。

Bapteme du Christ
Le Baptême du Christ (1845-1847),, Jean-Baptiste Corot

キリストの洗礼。風景が美しいのはコローらしいですが、宗教画なので若いときの作品なのかと思ったら、50歳くらいのときに描いていますね。


ここにある作品で有名なのは、ルイ14世の第一画家だったCharles Le Brun(シャルル・ルブラン 1619~90年)の作品のようでした。

ルブランはヴェルサイユ宮殿やルーヴル宮殿等の内装を担当した画家として知られ、Académie royale de peinture et de sculpture(王立絵画彫刻アカデミー)と Manufacture des Gobelinsゴブラン織工場)の責任者を務めています。どんな絵があったのか、画像を探してみました。

使徒ヨハネの受難の絵でした。


Martyre de saint Jean l'Évangéliste à la porte Latine, Charles Le Brun


日本でいえば国宝級の作品がたくさんあるようです。実物が見たいと思ったのですが、見る機会があるかな...。教会を出るときにミサの時間が書いてあるのを見たら、1日に何回もミサが行われているらしいと分かったのです...。コンサートも行われるらしいので、そのときを狙うか...。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化
★ 目次: 画家、彫刻家、建築家の足跡を追って

外部リンク:
☆ Wikipédia: Église Saint-Nicolas-du-Chardonnet
☆ Nelso: Église Saint-Nicolas-du-Chardonnet
☆ L'art de croire 竹下節子ブログ: l'église Saint-Nicolas-du-Chardonnet
L'église Saint Nicolas du Chardonnet
☆ Libération: Saint-Nicolas-du-Chardonnet avec foi mais sans loi 2012年5月
☆ Le Point: Saint-Nicolas-du-Chardonnet  un bastion en résistance
Saint-Nicolas-du-Chardonnet  des traditionalistes grand cru
Une affaire d'Eglise : les debuts de l'occupation de Saint-Nicolas-du-Chardonnet (27 fevrier-4 juillet 1977)
☆ Wikipédia: Occupation de Saint-Nicolas-du-Chardonnet
☆ Athéisme: Infériorité des femmes et hidjab chrétien pour toutes à Saint-Nicolas-du-Chardonnet
☆ Wikipedia: Liste des œuvres classées à Saint-Nicolas-du-Chardonnet
Recherches sur l'église de Saint-Nicolas-du-Chardonnet (XVIIE ET XVIIIE SIÈCLES - PDF)
EGLISE SAINT-NICOLAS-DU-CHARDONNET (Paris)
☆ Wikipédia: Église Saint-Séverin
Taubira-Banania l'abbé Beauvais relaxé Le Figaro 19/05/2015

☆ Wikipédia: Catholicisme traditionaliste
☆ Wikipedia: 聖ピオ十世会 » Fraternité sacerdotale Saint-Pie-X (FSSPX)
☆ Wikipedia: マルセル・ルフェーブル » Marcel Lefebvre
聖ピオ10世司祭兄弟会とローマ教皇庁

☆ Wikipédia: Catholicisme traditionaliste
☆ Wikipédia: Intégrisme | Fondamentalisme(同じではない)
☆ Wikipedia: キリスト教原理主義 / キリスト教根本主義(英語: Christian fundamentalism)

☆ Wikipedia: トリエント・ミサ » Rite tridentin
☆ Wikipedia: Histoire de la messe tridentine
☆ Wikipedia: Rite romain » 英語: Roman Rite(3種類ある)
☆ Wikipedia: 新しいミサ » 英語: Mass of Paul VI
☆ dictionnaire des expressions françaises: Dire des messes basses
La célébration de la Messe basses dans le rite romain traditionnel
トリエントミサ式次第 Latin-Japanese 1/6 潅水式から入祭文まで
☆ Wikipedia: 公会議 » Concile œcuménique
☆ Wikipedia: トリエント公会議 Concile de Trente 1545~63年
☆ Wikipedia: 第2次ヴァティカン公会議 » IIe concile œcuménique du Vatican

Je ne crois pas, parce-que c'est la vérité.  (日本語ブログ パリ9区のサントゥヂェヌ教会)
☆  Wikipédia: Abbaye Saint-Joseph de Clairval (Flavigny-sur-Ozerain)
☆ 仏文化省: L’autel : fonctions et formes. Typologie des autels avec description

Du blason de la Vendée à son logo
Origine et signification du blason de la Vendée
Il y a quinze ans, le logo vendéen faisait polémique


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