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2016/02/09
先日、ワインの樽の作り方が昔はどうだったかということを書いていて、昔のパリで行われていたワインビジネスについて興味を持ちました。

ワイン樽の製造: 今と昔 2016/01/28

パリのセーヌ河のほとりに、遠くから運んできたワインの樽をストックする場所があり、そにワインを売る業者がいたという歴史。樽の作り方で出てきたのはベルシー(Bercy)地区にあった大きな貯蔵所のEntrepôt de Bercyだったのですが、その前にも別の場所に存在していたのでした。

まず、その17世紀に作られたワイン市場について調べてみたことを書きます。

1869年に作られ、つい最近まで存在していたベルシーの酒蔵についてはたくさんの画像や映像が見つかったのですが、古い方のHalle aux vins de Paris(パリのワイン市場)は余り情報が出てこないので、なかばやけになって市場が存在していた痕跡を探してしまったのです。

研究書は出版されているのですが、そこまで調べるほど興味を持ったわけではないので、インターネットで画像を探したにすぎません。

シリーズ記事 【フランスのワイン産地】 目次へ
その20



パリのワインビジネスが17世紀に本格化する


1637年には、パリの人口が41万2,000から5,000人くらいだったという記録があります。

当時のパリでは年間6,437万リットルのワインが消費されていたので、住民一人あたり1日0.5リットル弱を飲んでいたことになるそうです。

これには男女差も貧富の差もなかったとのこと。

1リットルの半分というと、以前にブログで書いた「chopine(ショピンヌ)」と呼ばれるピッチャーの容量。それから50年くらいたったときには(1692年)、その量を一人1回の食事で消費するような家庭もあったとのこと。

ずいぶんたくさん飲んでいたのですね...。パリは飲み水が不足していたからなのでしょうか?

水道事情が悪かったことについては、パリのガイド付きツアーに参加したときに書いていました:
パリの名物: ヴァラスのフォンテーヌ 2011/11/14


17世紀に作られたパリのワイン市場はどこにある?

ワインは税金をもたらしますから、それまでかなり自由にやっていたワインの商売が17世紀になると統制されるようになりました。

17世紀後半、ワイン取引が行われる市場が、マザラン枢機卿の勧めによってパリ市内につくられます。

セーヌ河のほとりのサン・ベルナール河岸(Quai Saint Bernard)に作られたHalle aux vins de Parisパリのワイン市場)。

そのワイン市場が何処にあったのかを探してみました。

1890年の地図を見ると、セーヌ河の左岸、Jardin des Plantes(パリ植物園)の隣にあったのが分かります。現在ではパリ5区ですね。

1890年の地図(クリックで拡大)

1890年 (Plan de Paris de Guillemin)

左上に「Halle aux vins」の文字が見えます。このワイン市場の敷地内を横切る通りに、コート・ドール通りという名前を付けていたのですね。ブルゴーニュワインを選んでくださって、ありがとう♪

植物園からセーヌ河に沿ってノートルダム大聖堂の方に歩き出したところにありましたか。ひところよく使っていたキッチン付きホテルがある場所があった界隈でした。ですから、このセール河沿いの道路にそって何度も歩いていたのですが、ここに私の興味をひくようなものがあったとは全く気がついていませんでした。

ワイン市場があった場所は、現在では理科系の大学Université Pierre-et-Marie-Curieやアラブ世界研究所(Institut du monde arabe)が建つ、Campus de Jussieuと呼ばれる地域になっていました。
Place Jussieu
ワイン市場の施設は第二次世界大戦のときに爆撃で破壊されて、戦後に再開発開発が進んでいたのでした。

ジュシュー広場にメトロのジュシュー駅があるのですが、1959年まではワイン市場の文字も入って「Jussieu - Halle aux Vins」という名前の駅だったのだそう。

ちなみに、Jussieu(ジュシュー)というのは、17世紀から19世紀にかけて植物学者を何人も出した家系の名前なのだそう。


18世紀のワイン市場

もう少し前の時期、ワイン市場ができてから40年くらいのときは、小さな一角が市場になっていました。

1700年の地図(クリックで拡大)
Carte de Paris Vaugondy-1760 Jardin des plantes abbaye Saint-Victor
Le Jardin du Roy en 1700, plan publié en 1760 par Vaugondy

地図の左上に2棟の建物がありますが、そこにHalle au vinの文字が見えます。vin(ワイン)は単数形になっていますね。

その近くが空き地のようになっていて、Chantiersと書いてあるのが気になる。工事現場と受け取ってしまうのですが、何か建てようとしていたのだろうか?...


1730年の地図(クリックで拡大)

Le jardin du roi en 1730, plan de Paris de Roussel

パリのワイン市場の土地は、サン・ヴィクトール修道院(Abbaye Saint-Victor de Paris)から土地を購入して作っていたのでした。

修道院は12世紀に建設されたのですが、衰退の道を歩んだようです。でも、この時期には、まだ修道院の建物と庭園があったのが見えます。

1655年に描かれたサン・ヴィクトワール修道院の姿です。

gravure de l'église en 1655
L'Église Saint-Victor en 1655 (Gravure de Merian)

今では全く姿を見れない修道院...。

現在では植物園になっている場所には、王立薬草園(Jardin royal des Plantes médicinales)がありました。ここが造園されたのは1635年。

ワイン市場の建設は、その少し後ですね。市場を建設するために修道院から土地購入したのは1663年か1644年だったようです。機能を果たすようになったのは1665年。


1734年の地図
Saint-Victor & Halles aux Vins - Plan Félibien 1734
Abbaye Saint-Victor et halle aux vins en 1734

工事現場なのだろうかと思った空き地のような場所に、なにやら並んでいます。これはWikipediaに入っている画像なのですが、小さくてよく見えない。でも「Bois flotté(流木)」の文字が読み取れます。なので、ここはセーヌ河で運んできた材木をストックしておく場所だったのだろうと推察しました。

昔は水路が重要な輸送路だったのですよね。ブルゴーニュ地方には筏を組んでパリに薪を供給していた歴史があったことをブログに書いていました:
フランスの筏(いかだ)師 2008/01/21

Plan de Paris dit plan Turgo
1734-1739
パリの古い地図の図版を持っている友人がいます。

18世紀半ばに作られた版画の地図の複製版です。

そんなものの何が面白いのかと思っていたのですが、詳細に眺めてみると退屈しないのでした...。

さきほどの地図よりほんの少しあと、1739年当時のワイン市場が描かれていました。

セーヌ河の上流から流してきた材木をストックしたのではないだろうかと思った場所に、積み重ねた材木らしきものが描かれtいます。

川岸にはワインを下すための港ができています。

1739年の地図

1739年(Plan de Turgot)

始めにいれた1890年当時のワイン市場よりはかなり小さいのですが、建物にある窓の数からみて、それほど小さな施設ではなかったように見えます。港のところには建物があるのですが、税関のようなものでしょうか。1樽につき幾らという風に税金が定められていました。


フランス革命後、ワイン市場を拡張

まわりにあった材木置き場は、ワイン市場が拡張して占領してしまったわけですが、材木がどこに置かれることになったかまでは調べません。

一番はじめに入れた1890年の地図では、修道院の敷地の全てがワイン市場になったのが分かります。フランス革命を経ているので、多くの宗教建築物と同じように国家に取り上げたらたからでしょう。修道院は1811年に破壊されたとありました。

2棟しかなかったワイン市場は、1811年から拡大され、1845年には敷地面積は14ヘクタールになりました。

1831年に描かれたワイン市場です。

Halle aux Vins, 1831
Halle aux Vins, 1831


ワイン市場は狭すぎるようになった

17世紀のパリの人たちはワインをたくさん飲んでいたと書いたのですが、さらに19世紀になるとパリのワイン消費量は増大しました。

ワイン市場は12ヘクタールにまで拡大されましたが、それでも追いつかない。1869年、ワイン倉庫をセーヌ河の向こう岸、パリの中心からは少し外れたベルシー地区に、もっと広いワインの貯蔵所を作ることになりました。

しばらく2つのワイン市場が平行して使われました。

今ではパリのワイン市場は見る影もなくなっているのですが、セザンヌの時代には機能していたので、彼は絵に描いていました。

「ワイン市場」と題された1872年の作品です。

Paul Cézanne la halle aux vins 1872 Art museum Portland
La halle aux vins, Paul Cézanne (1872)

セザンヌ(Paul Cézanne 1839~1906年)の絵にしては暗い色調なので、間違いではないかと思って確認してしまいした。彼が22歳のとき、同郷の親友であったエミール・ゾラに勧められ、初めてパリに行ったときに描いていました。

セザンヌは南仏の画家ですが、画家としての人生の半分はパリ首都圏で過ごしていたのだそう。ところが、彼がパリの風景はたったの4枚しか描いていません。そのうちの1枚が、このパリのワイン市場なのでした。


20世紀のワイン市場を撮影した絵葉書です。

Paris La Halle aux vins 1910 Halles aux vins


次回は、新しく作られたワイン市場のEntrepôt de Bercy(ベルシーの倉庫)について書きます:
パリとワインの関係 (3): ベルシー地区にあった酒蔵

シリーズ記事 【フランスのワイン産地】 目次へ
その20




ブログ内リンク:
ワイン関連用語: ショピンヌ chopine 2006/03/25
★ 目次: ワインの消費、ビジネス、飲酒規制、歴史など
★ 目次: ワインなどアルコール飲料に関するテーマ

外部リンク:
Googlブックス: Léon Biollay, Les anciennes halles de Paris (1877)
Tableau historique et pittoresque de Paris - depuis les Gaulois jusqu' à nos jours (1822)Halle au vin (P.449)
Marchands de vin en gros à Paris au XVIIe siècle
Wikipédia: Halle aux vins de Paris | Négociant en vin
リヨン市立図書館: ; Halle aux vins Paris
Université Pierre et Marie CURIE: Campus Jussieu
De la Halle aux vins …à la Halle aux farines
Cézanne, une passion parisienne


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