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2016/02/16
パリのベルシーにあったワイン市場(Entrepôt de Bercy)が生んだ料理「アントルコート・ベルシー(Entrecôte Bercy)」について前回書きました。

市場で働く人たちが、修理もできなくなった古い酒樽を燃して、アントルコート(肩ロース肉)をバーベキューして食べていたのがパリの郷土料理となっていたのです。

アントルコートと聞くと牛のステーキ肉を思い浮かべるのですが、彼らが食べていたのは馬肉のステーキだったのを知りました。

パリとワインの関係 (3): ベルシー地区にあった酒蔵
パリの郷土料理: アントルコート・ベルシー

今では売っているのも稀にしか見かけない馬肉。それを彼らが食べていたのには何か理由があったのだろうか?...

3年前には、牛肉を入れているはずだった加工食品に馬肉が混入していたというスキャンダルがあり、盛んに報道されていました。

イギリス人は馬肉は絶対に食べないそうで、大変なスキャンダルになったと言われました。フランスは多少は馬肉を食べるので、このスキャンダルは不法表示が大きな問題だったように思います。おかげで馬肉の存在を思い出したフランス人が食べてみたら美味しいので、馬肉の売り上げが少し上がったとも聞きました。



私はカエルやエスカルゴも好きなのでゲテモノ食いだと思うのですが、馬肉には抵抗を感じます。ペットにする動物を食べてしまうような気分になるからだろうと思います。

でも、フランスで馬肉を食べることについては少し興味もあったのです。

2年前にフランスの戦後の農業史についてブログで書いたとき、馬肉を食べる話しが出てきたからです。戦後のフランスではアメリカからトラクターが入ってきて、それが普及するのに伴って従来は農作業で使っていた作業馬がいらなくなったので食べてしまった、というお話し。

戦後に農業がどのように変わってきたかを見せるドキュメンタリーについて書いたのですが、こんな場面がありました:
  • 戦後、アメリカからトラクターが船で送られてくる
  • 屠畜場におくられた馬は200万頭
  • 町には馬肉専門店ができ、政府も馬肉の消費を奨励する
  • キリスト教の団体が、殺される馬に水をかけて最後の秘跡を授けている


フランスでは、1980年ころから馬肉をあまり食べなくなった

馬肉混入スキャンダルに関する記事に入っていたグラフがありました。過去40年間に馬肉を食べるのは5分の1になったとあります。


Viande chevaline : peu de contrôles et pas de traçabilité 11/02/2013


1980年代に入ってから、目だって馬肉の消費量が減少しているのがグラフに表れています。現在では、フランス人が食べる肉の中で、馬肉が占める割合は0.4%に過ぎないのだそう。

でも、これは1970年からの馬肉の消費を示しているだけ...。

馬肉の生産に関する報告レポートを農業省関係組織が作っていました。こちらには、1956年から2013年までのフランスにおける馬肉の消費を表したグラフが入っています。


La production de viande chevaline en France des années 1950 à aujourd'hui 


馬肉ステーキのレシピを誕生させたパリのベルシー地区にワイン市場が作られたのは1869年。その役割を終えて消えていこうとし始めたのは1960年に入ってから。1980年ころからベルシー地区の再開発が始まり、今ではワイン市場の一角が公園などとして残っているだけ。

戦前の馬肉の消費はグラフでは分からないのですが、少なくとも戦後、ベルシーのワイン市場で働く人たちが大勢いた時代には、馬肉がかなり消費されていた、というのと一致しますね。

名物料理になったアントルコート・ベルシーは、いらなくなった酒樽を燃したわけですから、酒樽が古くなってから食べるようになったはずですから、このグラフで消費量がピークになっていた時代に料理が生まれたのかもしれません。


馬肉を食べることが禁止されていた

ベルシーのワイン市場ができたのは1869年。それとほとんど同じ時期、1866年に馬肉を食べることが法律で認められたのだそうです。つまり、それまでは、馬肉を食べることは禁止されていた。

フランスで馬肉が食べられる歴史を書いたレポートがあったので、斜めに読んでみました。hippophagie(馬肉食)なんていう単語が存在するのですね。

馬ならchevalですが、競馬場はhipodromeだから「イポ」と馬は結びつきます。hippo-という接頭語は古代ギリシャ語で「馬」のこと。

イポという発音を聞いて思い出すのは、hippopotamus(カバ)。
とすると、カバって馬の種類だったの? という疑問を持ってしまったのですが、hippopotamusは古代ギリシャ語の ἱπποπόταμος(hippopótamos)から来ていて、これは「川の馬」という意味だったのだそう。気がつけば、日本語でも、カバは「河馬」と書くのでした...。


フランスがガリアと呼ばれた時代には、人々は馬を神への生贄にしたり、馬肉を食べていたと言われるのですが、キリスト教文化が入ってからは食べなくなっていました。

Image illustrative de l'article Grégoire III732年、ローマ教皇のグレゴリウス3世は、信者に馬肉を食べることを正式に禁止したそうです。

時代が下っても、宗教上の理由だけではなく、人々が馬肉を食べないことには背景があったようです。馬は、他の他の家畜とは違って、貴族にとっては気高い生き物であったこと。さらに、馬肉には衛生上の問題もあるとされていました。

それも18世紀末には崩れてきたようです。

ナポレオンの軍隊は戦場で馬を食べ、革命期には飢えをしのぐために食べられたりしていました。単に馬肉が好きな人たちもいたようで、闇で仕入れて食べているというルートはあったのでした。

気分的に馬肉は食べたくないとか、衛生上の問題があったという理由の他に、肉屋業界が馬肉を扱う不法な行商人を締め出す手段として利用するという圧力があった、という見方もありました。

政府は馬肉を食べることの禁止令を出していました。


フランスで馬肉を食べることが解禁されたのは1866年

馬肉を食べるのは禁止ですから、他の精肉のように衛生検査がなされない闇の馬肉が出回るという問題がありました。19世紀になると、馬肉を食肉の仲間に入れるようにと運動を起こす人たちが現れました。中でも、次の3人が歴史に残っています:
  • 医師 Alexandre Jean-Baptiste Parent-Duchâtelet (1790-1836)
  • 動物学者 Isidore Geoffroy Saint-Hilaire (1805-1861)
  • 軍の獣医 Émile Decroix (1821-1901)

1832年、食用にできない家畜の解体に関するパリ市の報告書の中では(食べられない家畜は肥料や工業用として利用される)、肉を食べられない貧しい人たちが馬肉を食べることを認めるべきだという言及もありました。馬肉食を認めれば、衛生検査をすることになるので、闇市場で不衛生な馬肉を売ることがなくなる。また、馬肉が商品化されるならば、年老いた馬をぞんざいに扱うことが減るはずだ、という主張。

それに賛同する趣旨で、動物愛護団体のSPA(Société Protectrice des Animaux)が創設されたのだそう(1845年)。 SPAは持ち主がいないペットを引き取って里親を探すなどの活動で知られています。全国的に存在する大きなボランティア団体なのですが、馬肉と関係していたとは全く知りませんでした。

馬肉には医学的にも体に良いのだと主張する医師もいました。それに、普通の食肉を食べられない人たちには、馬肉が栄養源を与える。

馬肉解禁に決定的な働きをしたのはÉmile Decroixだったようです。獣医として行ったアルジェで、彼は兵士たちに馬を食べさせる経験をし、フランスに戻ってから馬肉の有効性を訴えて運動を起こしていました。

1866年、馬肉を食べることがフランスで法的に認められます(Ordonnance le 9 juin 1866)。さっそくナンシー、すぐにパリに馬肉専門の精肉店が誕生しました。

それまでの馬は食べない習慣があったので、すぐに人々が馬肉を食べるようにはなりまんでした。フランスで馬肉を食べる習慣ができたきっかけは、1870年に勃発した普仏戦争。食糧難で食肉が不足したのでした。

その後は徐々に馬肉の消費は増えて、1911年にピークを迎える。

馬肉専門店があったのは都市部。特に、ノール・パ・ド・カレ地方(ベルギー寄りの工業地帯がある)、パリで目立ったとのこと。誰が馬肉を喜んで食べていたかというのには異論があったのですが、労働者、社会の中間層である商人や職人が中心だったようです。

フランスで最も多く馬肉が食べられたのは1900年から1960年にかけてだったそうです。

なるほど、ベルシーのワイン市場の全盛期に一致しますね。それと、戦後の農業の近代化で作業馬がつぶされた時期も入ってる。

その後は売られる馬肉は減っていって、1970年には、フランスで消費される食肉に占める馬肉の割合は2%(現在は0.04%)。


馬肉食は特殊...

肉屋の業界の中でも、伝統的な精肉店と馬肉を扱う店とが歴史的に対立した名残りがあるらしい。普通の食肉を扱う肉屋に馬肉の話しをすると、どこかしら馬肉を扱う肉屋に対する偏見を見せるのだそう。

馬肉をよく食べた時代があったとしても、やはり馬肉を食べることに抵抗を持つフランス人は多いようです。

肉屋で売られるときも、馬肉だということは余り感じさせないように売られている。ひき肉が多いのも、その証拠。

そう言われると確かに、そうですね。肉食の国なので平気らしく、牛の巨大な部分が店に吊り下がっているのが見えることがあるし、家畜の頭の部分がショーウインドーに並んでいたりもするのですが、そういう姿の馬は見たことがありません。

とは言っても、馬肉専門の肉屋には、蹄鉄と馬が付いているのがトレードマークになっているのなんかは、私はグロテスクだと思いますけど...。




devanture d'un magasin dont l'enseigne indique « Boucherie hippophagique »
Boucherie chevaline à Paris

フランスで馬肉を専門に売っている肉屋のことは、普通はchevalineと呼びます。普通の肉屋はboucherie。馬肉専門だとboucherie chevalineとなるので、略してchevaline。馬のchevalから来ている単語です。

上に入れたのはWikipediaでパリの店として入っていた画像なのですが、看板ではboucherie(肉屋)にphippophagique(馬肉食に関する)を付けています。難しそうな単語を使って馬だということを遠まわしに表現しているのかな?...

肉屋を表す単語にはcharcuterieというのもあります。こちらは豚肉と豚肉の加工品を売っている店。なぜboucherieと別の単語を作っているのか気になりますが、調べているときりがないので放棄。


馬肉専門店は減少して、2014年の時点では、フランスには750軒を数えるだけなのだそうです。ブルゴーニュ地方でも、最大都市のディジョンでは、朝市に1軒入っているだけになっているというニュースがありました。


蛇足:

パロコンの画面をスクロールさせながら、フランスで1866年に馬肉を食料とすることが認められるに至った話しを斜め読みにしていたら、Émile Decroixという人が目にとまりました。

この人の名前を見て、あれ?... と思ったのは私だけでしょうか?
私は、あのドラクロワ? と思ってしまったのです。

目にとまったのは、「彼がAlgerに滞在していたとき」、「馬を兵士たちに食べさせた」、「19世紀」 という文字。アルジェリアのアルジェ、馬...。

それで、こういう絵画が頭に浮かんできました。
アルジェの女たち
Les Femmes d'Alger dans leur appartement
(1834)
異端者とハッサンの戦い
Combat de Giaour et Hassan
(1826)

有名な「アルジェの女たち」を描いた画家。彼は騎馬の絵画もたくさん描いているではないですか? ドラクロワが馬肉食を広めたのだとしたら面白いと喜んでしまったのですが、私の完全な早とちり!

よく文字を見ればドラクロワのスペルではない。おまけに、ファーストネームはウジェーヌではなくて、この人はエミールだった...。

出来てきたのは、Émile Decroix(1821~1901年)

画家のドラクロワは、Eugène Delacroix(1798~1863年)。

単語の始まりと終わりだけ見ていて、真ん中は全く無視していたわけですね。

文字の一部を見て、それだと思ってしまう癖が私にはあります。車に乗っているとき、歩いているとき、店の看板や道路の名前を探していると、すぐに間違えます。親しい友達などは、私が「あった!♪」と言ったときには、まず関係がないものを見つけたのだろうと思うようになっています!

私の脳は、どこかに足りない部分があるのでしょうね。だから気をつけなければいけない、と自分に言い聞かせるのですが、この癖は、かなり注意していても早とちりしてしまいます!

ひところ、速読術とかいうのが流行っていました。本をパラパラとめくっただけで分厚い本に書いてあることを把握できる能力がもてはやされていました。あの人たちはどうやていたのだろう? 私などだったら、書いてあることの全く正反対をサマリーとして言ってしまうのではないかな?...

ブログ内リンク:
タルタルステーキ: (1) 馬肉 2013/07/21
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ
総目次: テーマおよび連続記事ピックアップ

外部リンク:
L'hippophagie en France
La production de viande chevaline en France des années 1950 à aujourd'hui 
☆ Wikipédia: Hippophagie
Les boucheries chevalines
イギリス人はいつから馬肉を食べなくなったのか ~ Horsemeat scandal と関連して
フランスの動物保護協会「SPA」


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カテゴリー: 食材: 肉類 | Comment (11) | Top
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コメント
この記事へのコメント
ウマスキー♪
ぼくの住んでる南部地方は
昔からの馬産地
https://www.youtube.com/watch?v=C0zwPeKUO08

馬肉専門店もありますし
http://tabelog.com/aomori/A0203/A020301/rstLst/RC999909/

スーパーで
馬刺は いつでも購入可能です。
(調理用の馬肉は見かけません)


しかし、、、
フランスにおける牛肉のような
表示はありません。
 
雌雄も年齢も身体のどの部位なのかも 不明
アバウトに 馬の肉なのだ♪

ぼくは 馬刺が好きですけど
当たり ハズレはあります。


2016/02/17 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: ウマスキー♪
v-22 たかゆきさん

馬刺しは熊本の名産かと思っていたのですが、長野でも食べることができました。たかゆきさんのところにもありましたか。

>スーパーで 馬刺は いつでも購入可能です。

スーパーでも?!♪ 羨ましいです。東京にいるときは、食肉の種類が余りにも少ないのが不満です。豚、牛、鶏肉の繰り返しなので、少しは違ったものが食べたいよ~! と叫びたくなります。それを感じたのか、行きつけの肉屋さんが、「今日は馬刺し用の肉がありますよ」と教えてくれたことがありました。でも、冷凍肉だと言うので買うのは止めました。おっしゃるように、日本で食べる馬刺しには当たりはずれが大きいと、少ない経験からも感じていますので。

南部馬、とても優しそうな顔をしていますね。動画には生きた馬が余り出てこなかったけど。

> 雌雄も年齢も身体のどの部位なのかも 不明 アバウトに 馬の肉なのだ♪

日本は、馬に限らず、全く何だか分からないで買わされますね。フランスで食肉のトレーサビリティが問題になったとき、こだわりの肉屋さんが、「今日お売りしている牛はマーガレットちゃんです」みたいな張り紙をしていたのですが、それはやりすぎだと思いました。牛のお名前まで知ってしまうと食べにくくなる!
2016/02/17 | URL | Otium  [ 編集 ]
こんにちは。
ウィユドペルドリの件、お調べくださりありがとうございます!!
長〜〜〜い間の謎がやっと解けました。ワインに関わる方も、真剣に調べないのかな〜。ちょっと残酷なので文章にするのを避けてる??  (汗)

馬肉、福岡県朝倉市(父の実家)もありますので、離れていますがこちらのスーパーでも販売してあります。牛肉のように、サシの入った肉がいいような・・。馬にしかない『たてがみ(コーネ・脂分とゼラチン質)の白い部位』も人気。馬肉類、我が家の男性は好きですが、私はどうも苦手で・・・。

ノール・パ・ド・カレって、ノルマンディー上陸作戦(映画など)や、ロダンの『カレーの市民』で有名なところですよね??
子供のころ、フランスの歴史も全く知らず、カレーって???(食べるカレーを思い浮かべて・笑)と、ワケわかめ。。だったのでした。(笑)

発音は、カレの市民ですよね。日本語だと、カレーと言わないと収まりが悪いからなのでしょうか???  もう、カレの市民に変更してもいいと思うのですけれど、ね。(笑)
2016/02/19 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
また、うっかりしていました😅
イギリスのきゅうりですが、近年、日本でもアフタヌーンティーが流行っていますよね。
我が家も昨日、ベノアのスコーンとコーンウォール地方のクロテッドクリーム(1個40g¥454😆)で、娘たちとお茶をしました。イギリスのお菓子なども習ったときに、ヴィクトリア時代のきゅうりが富の象徴だと習います。本や、ネットで検索するとわんさか出ますけれど・・。(汗)

しかしながら誤解もあるようで、三段プレートはホテルで考案された品だそうで、お屋敷では(笑)、お手伝いの方がその都度運ぶものなんだそう。それに、イギリスの方はミルクティーばかり飲むといいますが、アッパークラスの方はストレーとが多かったりするそう。
ミルクティーは、労働者階級(こういう言い方は好みませんが)の飲み物のようです。
ホント、イギリスは階級社会なんですね。使用する言葉(単語)も発音も違い、しかも通じないなんて・・。

世界中似たようなものでしょうが、フランスではいかがですか?
アンシャンテは、今でも本当に使いますか?
40年前(笑)に読んだ、サガンの翻訳で有名だった朝吹登水子(&亡由紀子さん・芥川賞作家朝吹真理子さんはご親戚)さんの本に、『アンシャンテは、古臭いので言わない』と書いてあったのですが、TV番組では聞きますし・・。
長〜〜〜〜い間の謎??なんです。(笑)
よろしくお願いいたします😅
2016/02/19 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

なんだか、日常的な食材が乏しいのは東京だけかと思えてきました...。

> 馬にしかない『たてがみ(コーネ・脂分とゼラチン質)の白い部位』も人気。

⇒ へぇ、そんな部分があるのですか。牛肉の部位の名前のボキャブラリーを少し増やしたいと思って次の記事を書いていたのです。それで、日本よりフランスの方がはるかに細かく分類すると思ったのですが、日本では馬は首にこだわるのですね。

フランスではコーネという部分がないのでした。首は全部1種類にしてしまう:
http://www.la-viande.fr/cuisine-achat/cuisiner-viande/cuisiner-viande-chevaline/morceaux-cheval/collier-cheval

説明では、経済的な部分だけど、2時間くらいじっくりと弱火で煮る必要があると書いていました。でも、最後に、馬肉専門店では挽肉にする、と書いてある。挽肉のカルパッチョが美味しいわけだから、専門店ではコーネの部分を使っているのかなと思いました。

日本情報:
http://banikuya.jp/knowledge/parts/

>ノール・パ・ド・カレって、ノルマンディー上陸作戦(映画など)や、ロダンの『カレーの市民』で有名なところですよね??

⇒ わたし、カレと書いていましたね。調べたら、Calaisをカレーにする人が多いみたい。charolaisを私は「シャロレー」と書いていた...。dijonnaisは、ディジョネーとは間違っても伸ばさないと思うのだけど。言いやすさというのがあるかな?...

ロダンの作品は、カレーの市民、彼の市民、どっちも収まりが悪いですね。

ノルマンディー上陸作戦の舞台になったオハマ・ビーチは行ったことがあるので、あの辺というのが分かります。ノール・パ・ド・カレは、もっとずっと右の方だと思うのです(方向音痴の私。東か…)。今年の始めからフランスの地域圏は色々と合併したのですが、ノルマンディーとノール・パ・ド・カレはくっつかなかったですね。何となくあの2つは仲が悪そうに見えるものな…。
2016/02/19 | URL | Otium  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

>ヴィクトリア時代のきゅうりが富の象徴だと習います。本や、ネットで検索するとわんさか出ますけれど・・。(汗)

⇒ ほんとう。すぐに出てきました。同じようにフランスのサイトで検索したらキュウリのサンドイッチのレシピ。アフタヌーンティーでサンドイッチのようにお腹にたまるものを食べるとは、私は思ってもいなかったでした!...

フランス語のレシピが出てきたので、キュウリが嫌いな人が多いフランスではどうやって作るのかと見たら、普通の作り方。つまり、こういう場合のキュウリは品種が違うとか、キュウリをあく抜きしたりとかの注意はゼロ。フランスのパン・ド・ミーというパンを使って、フランスのアクの強いキュウリで作ったら不味いだろうと思ったのだけれど、好物だと言っている人たちがレシピを紹介していました。不思議...。

>イギリスは階級社会なんですね。使用する言葉(単語)も発音も違い、しかも通じないなんて・・。

それに、体格も違う! 言葉に関しては、途中でフランス語が上流の言葉として入ってしまったのもいけなかったと思う。

>世界中似たようなものでしょうが、フランスではいかがですか?

フランスの貴族の中でも凄い家系の男性が会社に研修生のような形で来て働いていたのですが、彼が電話で母親と話しているのを聞いていると、ほれぼれするほど美しいフランス語の発音と話し方でした。私たちと話すときは普通にしゃべるので、その違いたるや大きかったです。昔の良い家庭ではコメディ・フランセーズの俳優を家庭教師にして良い発音を学ばせると聞いたのですが、もうそんなことはしていないと思うのだけれど...。

>アンシャンテは、今でも本当に使いますか?

⇒ 今風の若い子の話し方をする人がアンシャンテと言ったら滑稽になりますが、使わないことはないと思います。年配の礼儀正しいからはよく言われる気がします。でも、言うのは男性かな?... 日本の教科書では初対面の人には必ず言うように教えているのは間違いだとは思う。ちょっと、あらたまりすぎてしまうので、普通にざっくばらんな友達が紹介した人が言うことはないような気がする。

実は、去年、アンシャンテで、目から鱗の体験をしました。行きつけのレストランに行ったとき、シェフが出てきて私に握手の挨拶したとき、「アンシャンテ、マダム」と言ったのです。

後で一緒にいたフランス人に、「シェフは私の顔を忘れていたのだろうか」と不満をもらしました。すると、嬉しく思わなかったの? と驚く。礼儀正しく女性に敬意を表してくれたのであって、とっても親切な挨拶をしてくれたじゃないか~、と言うのです。

アンシャンテは「はじめまして」とイコールにして覚えるけれど、本来の意味は、美貌や才能に「魅了されました」という意味ですものね。シェフは、私をレディーとして扱って、葉が浮くようなお世辞を言ってくれた、と受け取るべきだったようです。

さらに分析。
このレストランは、私はお手軽プライスのランチ専門で通っているのですが、町のハイソサエティーの人たちが行く場所なのです。それでシェフは、ドレスアップした女性が入ってくると「アンシャンテ」と言うようにしているのではないか? そういう女性だと、男性から褒められないと腹を立てるはずですから。シェフは口癖で、私を見たときも、つい言ってしまった! でも、本当に私を忘れていて「はじめまして」の可能性もあったはずだけど。マダムはいつもいるけれど、シェフはシャイなので、そんなに客席を回ったりはしないのです。

思い出せば、近所に住む無骨な男性が、久しぶりに会った私に同じことをおどけて言ったことが何回もありました。久しぶりだから「はじめまして」とふざけているのだろうと思って、笑って「なにバカなことを言ってるの」と反応していました。でも、彼も紳士がやりそうな挨拶を真似して、おどけていたつもりだったのだろうな...。彼の場合は、騎士がやるように頭を下げて手を動かすジェスチャーも入れていたし。

ちょっと堅苦しい出会いのときは、私はアンシャンテと言うようにしています。言われて怒る人はいませんもの。外国人が変にくだけた言葉をしゃべるのが私は嫌いなので、古めかしい言い方で滑稽だと思われてもかまわないから、正統派の言葉をしゃべように心がけています。

といっても、耳に残っている悪い言葉がつい口から出てしまうこともある。親しい友達は、私がそんなことも口走るようになったかと面白がって笑いますが、「その言葉は使うべきでない」と注意されたこともありました。そういうときになると、「だって、みんながそう言ってるじゃない」と言いたくなるけど!

追記:
フランス人にアンシャンテのことを聞いて教えてもらいました。朝吹登水子という女性の「アンシャンテは、古臭いので言わない」という発言は、全く異論がないと言った方が良いのだろうと思いました。次のコメントのお返事で、補足と説明を書きますので、よろしく。
2016/02/19 | URL | Otium  [ 編集 ]
アンシャンテ!!
わ〜〜〜!!  そういうことなんですね!!ありがとうございました!!!!
故朝吹登水子さん(若い朝吹真理子さん似てある・大伯母?)、日本では有名なお家柄の方なので、言葉遣いも選んであるとは思ったのですけれど・・。私は庶民の博多弁なので(昔々は上品な博多弁もあった)、上品とは言い難い😅(汗) 福岡にアンシャンテという言葉があったとしても、福岡の男性で使う人はまずいないでしょうね。あ、フレンチの方はいいそうですけれど。(笑) 
体型、日本の方はわかりませんが、鼻の形が違うな〜とは感じます。何せ、花がある(人)。。とは、鼻のことだそうで。 私。。とっても恥ずかしい😅

イギリスにホームステイして語学を学ぶには、アッパークラスの方がいいとか。そういう言葉遣いができると、あちらの方に一目置かれるそう。最初のご挨拶も、How do you?
決して、Nice to meet youとは言ってはいけないそう。話す機会はありませんが・・😅

地域圏、変わったのですね。Centreは、どうなったのかな。昔、サントル・ヴァル・ド・ロワールになるとかならい・・で、ならなかったですね。

ノルマンディー上陸作戦(正式名はネプチューン作戦だそう)、映画は忘れましたが、
侵攻作戦の目標が、パ・ド・カレだったそうです。
彼の市民・・そう思いました。(笑)でもあの彫刻、フランスでは有名な事件でしょうが、題名だけではなんのことだかサッパリ?? カレの市民の嘆き??ではどうでしょうか、ね。(笑)

A・ティー、紅茶とスコーン(+クロテッド&ジャム)だけの時は、クリームティーというそう。アメリカでは、デヴォンシャー・ティー。クロテッドが下だの、ジャムが下だのいいますが、ジャムが下の方が好きです。
が、アッパークラスの方は、A・ティーはしないそうなんですけれど・・😱

ビルダーズティーというのがあって、建設現場などで働く方が、濃い紅茶にたっぷりのミルクと砂糖を入れて飲まれる紅茶のことだそう。アッパーの方もたまには飲まれるそうなのですが、購入される紅茶で階級がわかるようで(パッケージが黄色いメーカーやテトリーなど)、会社などでなにげに買ってきた紅茶で育ちが想像されてしまうのは(唖然とされるらしい・誰も口には出さないでしょうから)辛いかも??です。我が家もそうだな〜💦

それにしても、フランスのキュウリサンド、美味しいんでしょうか??(笑)😣
パリの市場では、野菜作りの名人ジョエル・チェボーさんもいらっしゃるし、日本の野菜も人気だそうですが・・。

そうそう、あの王の菜園では、オテルドミクニ(ハトの料理を食べました)の三國シェフが、京野菜を栽培なさっていますね。もちろん、国立農業学校の方が育ててあるそう。
2016/02/20 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

アンシャンテの続きを書くと言っておきながら、時間がなくて失礼しました。この挨拶について考える機会を与えていただき、ありがとうございます。

改まった挨拶のときには言うようにしていますなどと書いたものの、その言葉を発したのは何年前だった思い出せません。「お目にかかれて光栄です」とへりくだって言いたくなるようなお偉い方には、ずいぶん久しく出会っていないのでした。

フランス人の友達(フランス語教師をしたこともある男性)に聞いてきたら、「アンシャンテなんて言われたことがない」と返事されてしまいました。「ボンジュール、マダム(ムッシュー)」というのが普通の挨拶だと言います。「でも、私はアンシャンテと言われることがある」と返事して、二人で考えたところ、次のような結論に達しました。

●アンシャンテという挨拶は今では使われないけれど、本来の意味を含めて男性が女性に言うことはありうる。つまり、女性が男性にアンシャンテとは言わないから、彼は言われたことがなかった。女性が使う言葉と男性が使う言葉の違いは、フランスにもあるとのこと。

●「アンシャンテ」という挨拶は昔には存在していて、間違ったフランス語ではないから言っても良いけれど、今のフランス人は言わない。

つまりは、朝吹登水子さんがおっしゃったようにアンシャンテは言わない方が自然なようです。まして、女性の場合は、言うと変かもしれないと思いました。でも、フランスは、イギリスのようにマナーがどうのこうのという国ではないので、自分の好きにして良いのだろうとは思います。生まれながらの貴族ではなくて、経済的に裕福になったことで社会的地位を自負するブルジョワ階級はマナーにこだわると感じますが。

「アンシャンテ」は「はじめまして」のように短くて言いやすい言葉なので好きなのですが、日本語の「はじめまして」とイコールにはならないですね。ちゃんと「お目にかかれて光栄です」と言いたいときには、アンシャンテではなくて、次のようなフレーズを言うべきだと学んだことを思い出しました:
Bonjour Monsieur, je suis ravi(e) de faire votre connaissance.
Je suis heureux de faire votre connaissance.

婦人に敬意を表するなら、「Mes hommages, Madame」というのがあったのを思い出しました。こんなのを言ってもらえた場面には出会ったことがないような…。

>福岡にアンシャンテという言葉があったとしても、福岡の男性で使う人はまずいないでしょうね。あ、フレンチの方はいいそうですけれど。(笑)

女性をたてまつる態度をするフランス人男性は、自分がそういうことを言う人間だということに自ら陶酔して言っている感じが私はします。フランスでいうギャラントリーのマナー。つまり、彼らは女性なら誰に対しても優しい言葉をかける人なわけなので、歯が浮くようなことを言われても嬉しいとも思いません。

>地域圏、変わったのですね。Centreは、どうなったのかな。昔、サントル・ヴァル・ド・ロワールになるとかならい・・で、ならなかったですね。

Centre-Val de Loireになったみたいですね。ヴァル・ド・ロワールが付いたということは、どこかがサントルに加わったのかと思ったら、そうでもないみたい。Pays de la Loireはそのまま残っているのだから、ややっこしいくなっただけに思えてしまう…。地域圏の呼び名が正式に決まるまでは覚えるのはやめることにしています。

>ノルマンディー上陸作戦(正式名はネプチューン作戦だそう)、映画は忘れましたが、 侵攻作戦の目標が、パ・ド・カレだったそうです。
⇒ ああ、そういうことだったのですか。失礼しました!

>A・ティー
⇒ ややっこしいのですね。私はイギリスと聞いただけで不味そうに思ってしまうので、スコーンも食べたことがありません…。

>パリの市場では、野菜作りの名人ジョエル・チェボーさんもいらっしゃるし、日本の野菜も人気だそうですが・・。

⇒ ジョエル・チェボーさんが日本でも知られていたとは驚き。調べたら、テレビで報道されたようですね。パリの朝市で話しを聞いたら、京野菜を探すために京都に2度だか3度だか行ったとおっしゃっていました。お返事を書きながら検索してみたら、彼はこの年頭で引退することにしたらしいのでした。困るシェフが大勢いるでしょうね。

>あの王の菜園では、オテルドミクニ(ハトの料理を食べました)の三國シェフが、京野菜を栽培なさっていますね。

⇒ 王の菜園とは、ヴェルサイユ宮殿のPotager du roiのことですか? あそこではルイ14世時代の果実や野菜を育てているのだろうと思っていました。

あら、ほんとう。出てきました♪:
http://ja-kyoto.jp/info/ja1153/1153-4.html

ミズナは何度かフランスで見ましたが、温室で育てないせいか、東京のスーパーで買うのよりずっと美味しいと思いました。それならと、日本から種を持ってきて育てようとしたら、私の畑では全く成長してくれなかった!
2016/02/23 | URL | Otium  [ 編集 ]
レンヌの朝市
25年前のレンヌの朝市には一軒だけ馬肉専門の店がありましたね。当時タルタルステーキは馬肉の方が本格的だという噂もありましたよ。

ところで、1944年6月6日のノルマンディ上陸作戦はバス・ノルマンディのカーンの近くです、ノール・パ・ド・カレーではありません。
2016/02/24 | URL | 豊栄のぼる  [ 編集 ]
豊栄のぼる さま
フォルナリーナと申します。
私のコメントですので、お返事させていただきました。
この度は、ご指摘いただきありがとうございます!

パ・ド・カレ・・、そうですね。 大変失礼いたしました!
欺瞞作戦として、パ・ド・カレ侵攻作戦と、ノルウェー侵攻作戦が
行われたのだそうですね。とても勉強になりました。

豊栄さまには、お手数をおかけして申し訳ありません。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
2016/02/25 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re: レンヌの朝市
v-22 豊栄のぼるさんへ

>25年前のレンヌの朝市には一軒だけ馬肉専門の店がありましたね。

ディジョンの町も朝市に1軒だけあるので、各地方都市には1軒ずつ残ったという感じでしょうかね。

>当時タルタルステーキは馬肉の方が本格的だという噂もありましたよ。

馬肉のタルタルステーキを作って食べさせてくれた友人も、そう言っていたように思います。確かに美味しかった。自分でも作りたいと思ったけれど、どの部分を挽肉にしてもらうかを選ぶ必要もあると言っていたので、下手に作るリスクは避けました。

>1944年6月6日のノルマンディ上陸作戦はバス・ノルマンディのカーンの近くです、ノール・パ・ド・カレーではありません。

教えてくださってありがとうございます。私も戦場になった地域には滞在して観光しているので変だとは思ったのですが、ノール・パ・ド・カレは度々戦場になっている不運な地域なので、そちらも狙われていたのかな... と。

ところで、ブルターニュとノルマンディーは一緒の地域圏にはならなかったですね。一緒になったら、モン・サン・ミッシェルがどちらに属するかという問題がなくなって良いではないかと私は思ったのですけど(笑)。でも、豊栄のぼるさんも、ブルターニュはブルターニュでしかありえないと思われたでしょうね。
2016/02/25 | URL | Otium  [ 編集 ]
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