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2016/05/24
土曜日に行った葬儀ミサでは、始まる前に皆が入り口でたむろしていたわけなのですが、誰かが言いました:
「今日はdiacreだから、ミサは早く終わるだろう」

本物の司祭がミサをあげるのではなくて、信者の中から選ばれた助祭さんがするので、お説教は長引かないだろうと言うのです。そういうものですかね。気にしたことがなかった。

最近のフランスは司祭さん不足。それで、葬儀のミサでは聖職者ではない人が司祭の代役をするケースが多くなっています。友達の中に、その助祭さん役をするようになった友達について書きながら、どうして結婚のミサをあげるのではなくて葬儀なんだと思ったのですが、この日は理由を見つけました。

フランスの正式な結婚式は役場があげてくれるものなので、教会で式をする人はそんなに多くはありません。赤ちゃんの洗礼も、敬虔な信者だけがするのではないかな。でも、お葬式となると、やはり教会でするのですよね...。つまり、司祭さんのお仕事としては、圧倒的に葬儀ミサが多いのだろうと思うのです。

この日の司祭さん役の人は、そんなにたくさんは聖書を読み上げたりはしませんでした。その代わりなのか、聖歌隊が歌う場面がとても多いと感じました。

本物の聖歌隊がいる教会というのは非常に少ないです。ここでも近郊に住む信者さんたちが聖歌隊を作っており、ほとんどは高齢の女性。年齢はどうでも良いのだけれど、ひどい音痴なのでした。しかも、高音になると声が出ない。高音が出ないなら、オクターブ下げるとかできたと思うのだけどな...。

また歌いだしちゃった、という感じで、音程が外れた歌を聞いているのはかなり辛かったです。

後で行った仲間と聖歌隊がひどかったという話題になったのですが、「結婚式のミサだったら笑っちゃうけど、葬式でそうするわけにはいかないからね」なんて言う人がいました。でも、助祭さんはちゃんと、まともに歌っていた、ということで意見は一致。彼はマイクを通して歌うために聖歌隊の声をかきけしてくれるので助かったのでした。

フランスの音楽家ジャン=フィリップ・ラモー(Jean-Philippe Rameau)は、司祭に音程が狂っていると叱った逸話があるのだ、と教えてもらいました。ラモーは宗教音楽も作曲しているのです。自分が美しい曲だと思うものを変に歌われたら、聞いているのが辛いなどというものではなくて怒るだろうな...。

調べてみたら、このフレーズをラモーは言ったそうです:
Que diable me chantez-vous là, Monsieur le Curé, vous avez la voix fausse !

ひどい歌を聞かせると言っているわけですが、怒りを表す言葉に悪魔(diable)を持ち出しているのでした。司祭さんに言ったらあんまりですよ。それで名言として残ったのかもしれない。

音痴の歌声を聞いたら、つい最近行った教会でも飛んでもない讃美歌を聞いたのを思い出しました。古代からの遺跡も残る古都オータンでのことです。


オータンのサン・ラザール大聖堂

5月になったというのに恐ろしく寒い日でした。それでも、近くまで来たのだからとオータンの町に立ち寄って教会を見学することにしました。もう何度も行ったことがあるのですが、見るべきものがたくさんある教会は行くたびに新しい発見があるので。




12世紀に建てられたロマネスク教会の珠玉。Cathédrale Saint-Lazare d'Autunです。


La Cathédrale Saint Lazare d'Autun [HD]


ミサを見学させていただこうと思ったのだけれど...

日曜日の昼前だったので、ちょうどミサが始まるところらしい。中に入ってみると、パイプオルガンの音が響き渡っていました。

さすがに司教座のある大聖堂。ミサは本格的なもののようです。信者は余り集まっていなかったのですが、赤い衣装を着た人たちが祭壇にいて、子どもたちが燭台を持って祭壇の方に歩いて行こうとしています。司祭も厳かに登場。



美しい教会であげる厳粛なミサは大好き。何の話しをしているのか分からないながらも、音の響きと演出に感動して涙がこみあげてきてしまうのです。

こんな立派な教会のミサなので、少し居座らせていただこうと思いました。

すると、突然...

マイクにスイッチが入った音が聞こえたら、一人の女性が大きな声で歌いだしました。讃美歌とは思えないようなリズミカルな歌なので驚きました。

教会に来る信者が少なくなっている昨今なので、親しみを持ってもらうためにギターで歌う司祭さんがいる、という話しを聞いたのを思い出しました。

それにしても、この歴史ある荘厳な教会とポップスのような歌は不釣り合いすぎる!

「イエスが約束どうりに復活したよ~♪」という感じの歌でした。クリスチャンとして復活は嬉しいでしょうけど、イエスは人間の罪を背負って苦しんで死んだのですから、どうしてそんなに、あっけらかんと喜んで歌えるのだろう、と不快になりました。

「ressuscité(復活した)」という言葉が何度も繰り返されるので、この「レシュシテ~♪♪♪」という声が耳についてたまらない。

少し歌ったら止めて、普通の厳かなミサになるだろうと待ってみたのですが、いっこうに歌は終わらない! 音痴とは言わないけれど、上手でもない歌がダンガン聞こえてくるのは耐え難いので、教会を出ました。


でも、しばらくは、あの「レシュシテ~」という声が耳に残ってしまった...。ちっとも美しいとは思わない曲が頭の中で聞こえるのは本当に不愉快...。

インターネットで探してみたら、このとき聞いた曲が見つかりました。


Criez de joie, Christ est ressuscité

流行っている歌なのでしょうか? 楽譜までありました:
Criez de joie, Christ est ressuscité !

はっきりとは分かりませんでしたが、Cissy Suijkerbuijkという名のオランダ人女性が10年くらい前に作曲したようです。

ボーイスカウトの合宿などで歌うなら楽しくて良いでしょうけれど、なんでこんなに由緒ある厳かな大聖堂の日曜礼拝ミサで歌うのか... と思ってしまいました。私は信者ではないので、何も言う権利はありませんけど...。


ロマネスク教会に行ったら、おみくじを引いてみる?

ロマネスク教会に魅せられています。特に、素朴な彫刻が好き。ブルゴーニュ地方の南部にはロマネスク教会がたくさんあるので、頻繁に見る機会があります。

聖書をちゃんと読んでいたら、描かれている画面が何を意味するのか分かって面白いでしょうに...。たまに解説を読んだり聞いたりすることがあるのですが、ちっともお話しを覚えていません。

特に柱の上の方に彫られている柱頭彫刻が好きです。この日に訪れたオータンの大聖堂では、ミサの邪魔をしないように歩き回ったりしなかったので、柱頭彫刻は1枚だけ写真をとっていました。

これです:



右側は翼があるので天使でしょうね。その人の衣を引っ張っている人がいます。

何度も行く教会では、いつも必ず見る彫刻もありますが、そのときに目につく彫刻もあります。何となく目が行った彫刻を1つ決めて、それが何を意味するかを調べたら、おみくじのようなものになるかもしれない。

この日に目にとまった場面が何なのか調べてみました。

『創世記』に出てくる話しだそうで、「ヤコブの旅」と題されている彫刻でした:
Chapiteau : voyage de Jacob, centre

ヤコブが天使の衣をつかみ、天使は手を差し伸べているという図なのだそうです。

この柱頭彫刻は、柱の3面にお話しが表現されていました。

この彫刻の右にあるのは、これ
ヤコブは前かがみになって、重い石を持ち、地面にある石の上に置こうとしています。

左側にある彫刻は、これ
肩に長い棒を担ぎ、棒には布が下げられています。

私の写真の画面は、ヤコブが天使と格闘して祝福を受け、天使から「イスラエル(神が支配すという意味)」という新しい名をもらった、というお話しのようでした。

たまたま1つ選んだ彫刻を「おみくじ」として受け取るなら、大吉かな?...


オータンの素晴らしいサイトを発見

情報を探していたら、オータンの歴史について素晴らしい情報を入れたサイトがあるのを知りました。
Autun, Cathédrale Saint-Lazare  Révélations sur la cathédrale d'Autun

サン・ラザール大聖堂についても、見事な画像が入っています。高いところにある彫刻などは肉眼では見えにくいので、こういう風にして見れるのは嬉しい。しかも解説付き。

例えば、大聖堂入り口にあるティンパヌムは驚くほど見事なのですが、それを鮮明な画像で見ることができるページがあります:
Toucher le tympan

オータンの美術館で見れるらしい映像の一部を入れた動画もありました:
Film en relief HD à voir en exclusivité au Musée Rolin, à Autun

この美術館には2年前にも行っているのですが、そんな映像を見た記憶がありません。こういうものには興味がない人たちと一緒だったから遠慮して映像室にとどまったりはしなかったのか、そのときにはまだなかったからなのか?... 大画面で見たら感激したはずなので忘れていることはないと思う。

ネット上で見れる抜粋画像の1つです:



こういうプロジェクトは大好き。フランスでも日本でも、文化遺産がある町では予算をかけて立ち上げて欲しいです。

ブログ内リンク:
★ 目次: 宗教建築物に関する記事
★ 目次: フランスで感じるキリスト教文化

外部リンク:
☆ Wikipedia: Cathédrale Saint-Lazare d'Autun
オータンのサン・ラザール大聖堂
ヤコブ(イスラエル)の生涯:創世記 27-36章
口語訳聖書 - 創世記
創世記 ⇒ 創世記28-30章 「ヤコブの独り旅」
Histoires insolites des Chefs-d'œuvre


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カテゴリー: 建築物 | Comment (8) | Top
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コメント
この記事へのコメント
ツリガネソウの コメをいれたところを
みたら すこしまえのブログでしたので
5月をみて
すこし驚きました、、
いま フランスでは 子供の洗礼式など
よほど熱心な信者でないと
うけないのですか?
イースターには 私の行ってる教会では
まあまあ ベイビーや 大人も
多いと12〜3名 うけますが、、
(横浜ですが そんなに 大きな教会では
ないです)
聖歌隊は 信者で構成されてるから
まあ 高齢者もいますが そんなに
音痴の人はいなくて 音大出の
男性が指導しています、、
わたしも そのうち はいろうかと
考えていますが、、
2016/05/25 | URL | katananke 05  [ 編集 ]
Re:
v-22 katananke 05さんへ

>いま フランスでは 子供の洗礼式などよほど熱心な信者でないとうけないのですか?

書き方が悪かったと気がつきました。まだ判断力がない幼い子どもをクリスチャンとして洗礼させるには、親が真剣に考えて決めるのだろうと思って書いたのです。昔は、子どもに洗礼式をするのはほとんど習慣としてやっていたようですが。ただし、結婚のミサに関しては、今の時代なのに、うるさいことを言って拒否する司祭さんもいる、とは聞いています。

>イースターには 私の行ってる教会では まあまあ ベイビーや 大人も多いと12〜3名 うけますが

イースターには洗礼を受ける人が多いということですか? その人数だと、ミサは一人30分で済ませてしまうということ? あるいは、ひょっとして、全員まとめて洗礼式をしてしまう?!...

聖歌隊、音痴の集団でなかったら、とても楽しいのではないかと想像します。
2016/05/25 | URL | Otium  [ 編集 ]
洗礼式は イースターにしか しませんね、、
ミサは 通常通りというか イースターのミサですよ〜
ミサが終わってから
洗礼式も一人一人しますよ〜
赤ちゃんがびっくりして 泣いたりして
とてもなごやかな 雰囲気です〜
2016/05/26 | URL | katananke 05  [ 編集 ]
Re:
v-22 katananke 05さんへ

ご説明ありがとうございます。赤ちゃんを連れて行って洗礼ミサをし、その後に参列者たちがお食事会というパターンしか知らなかったので、複数の人のために洗礼ミサをあげるというのもあり得るのを想像していませんでした。

フランスではどうなっているのか調べてみました。

昔は赤ん坊が生まれるとできるだけ早くを洗礼していたけれど、今は2~7歳が良いとされているのだそう。洗礼ミサをあげてもらうには、教会の都合の良い日を選ぶようにとありました。ただし、四旬節の間は、死期が迫っている人以外は洗礼式をするのは避けるとのこと。

最近のフランスでは大人になってから洗礼する人が増加していて、復活祭の前日の夜と復活祭の日曜日のミサでする習慣があり、今年は5,282人の若者と大人がそうして洗礼を受けたとのこと(6年前に比べると40%増)。これは複数の洗礼を受ける人がミサに並んでいました。

洗礼と復活祭の関係は知らなかったです。教えてくださってありがとうございます。
2016/05/26 | URL | Otium  [ 編集 ]
サン・ラザール大聖堂、本当に素晴らしい教会ですね。
素朴なロマネスク彫刻の数々を眺めていると、この時代の人々の敬虔で熱い信仰がひたひたと胸に迫ってきます。
タンパンの彫刻を拡大して見ることができ感激でしました。

天使と取っ組み合いをしたヤコブの話は、日曜学校でも人気のお話でした。
このエピソードは子供だけでなく芸術家にもインスピレーションを与えたのでしょうね。いろいろな作品がありますが、私はドレの版画とゴーギャンの油彩作品が好きです。特にゴーギャン!

最近では日本でも、耳慣れない曲が演奏されることは珍しくありません。ブラジルやフィリピンの信者のかたたちのために、それぞれの国の言葉でそれぞれの国の歌を歌うのです。
先日の御復活祭のミサでも、最後にフィリピンの方たちが前に出てきて、ギター伴奏で歌われました。曲調はどちらかといえば軽快で楽しい感じのものが多く、手拍子、足拍子で雰囲気を盛り上げ、最後は大きな声で「ハレルヤ!ハレヤ!!」の大合唱で終わりました。
確かに日本でも、昔でしたら考えられない形のミサではありますが、国民性が違えば、表現の仕方も変わるものと思います。時代もあるかもしれません。
信者の高齢化が進み、減少傾向がある中で、若くて元気な外国人の信者さんに寄るところは大きいのでしょう。
フランスでの事情は、ちょっと違うかもしれませんが、間口を広く、というのは同じだと思います。

Otiumさんのブログでkatanankeさんにお目にかかれるなんて、嬉しいです(^^ゞ


2016/05/30 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>素朴なロマネスク彫刻の数々を眺めていると、この時代の人々の敬虔で熱い信仰がひたひたと胸に迫ってきます。
私もそれを強く感じます。

>天使と取っ組み合いをしたヤコブの話

これがテーマだと突き止めた私は、ウジェーヌ・ドラクロワの絵を思い浮かべていました。ゴーギャンの「説教の後の幻影」は西洋美術史の授業で、なんとも不思議な描き方だなと思ったのを思い出しました。先日、コロー関係でブルターニュの被り物の話しが出ましたけれど、この絵に描かれているのはそれでしたね。

>最近では日本でも、耳慣れない曲が演奏されることは珍しくありません。

そうなのですか。フィリピンは国家も陽気なメロディーですから、讃美歌も底抜けに明るいだろうな…。何の曲かと検索していたらフランスの海外領土の動画が出てきて、やはり踊りながら賑やかにイエスの復活を歌っていました。

>信者の高齢化が進み、減少傾向がある中で、若くて元気な外国人の信者さんに寄るところは大きいのでしょう

思い浮かべてみると、ミサに来る人たちの中で肌の色が違う人は、フランスで目についたことがないような気がします。考えてみると不思議…。

なんとなく、フランスのカトリック信者は右寄りで排他的な人が多いような気がする...。フランスの公立病院に入院していたある日、私の病室に司祭さんがまわってきました。こちらは退屈しているので、少しお話しができたら嬉しいと期待したのですが、ドアのところでボンジュールと言ってから、すぐに引きあげてしまいました。冷たいなと思いました。私がアジア系の顔をしていても、もしかしたらクリスチャンかもしれないではないですか? 後で友達に話したら、司祭さんは必要な人たちのために病院に来ることが許されているだけで、そこで信者を増やすような活動は絶対にしてはいけないという法律があるので、神経質になっていたのではないかとのことでした。

少し前に、フランシスコ教皇がイスラム系難民の子どもたちを親と一緒にバチカンに住まわせることにしたことが大きなニュースになって、私の友達仲間でもとても好評でした。フランスにいるとバチカンのニュースが頻繁にテレビで報道されますが、フランシスコ教皇本当に素晴らしい方だと感じます。

あぁ、どこかの古い美しい教会で、民族音楽のようなのを演奏する予行練習をしている外国人グループがいたのを思い出しました。この教会では積極的に外国の信者と交流しているのだそうで、南米のグループだったかな。余りにも賑やかにやっているので、この時も私はそぐわないと思ってしまったのでした。

フランスで目立つのは、聖職者不足が理由だと思いますが、経済的に貧しい国々から来ている司祭さんがとても多くなっていること。でも、彼らは自分の国の讃美歌は歌わないのではないかと思うのですけれど、どうなのかな?… aostaさんのところのように外国人の信者のために歌わせるというのではなくて、司祭が自分の国の歌を押し付けるのは遠慮するだろうと思う。

パリのノートルダム大聖堂でのミサで肌の黒い司祭さんだったときのことブログで書いていたので読み直してみたら、讃美歌が美しかったと感激していました。
2016/05/30 | URL | Otium  [ 編集 ]
>フランスで目立つのは、聖職者不足

これは日本でもかなり深刻な問題になっています。自宅から来るまで30分ほどの林の中にあるベネディクト会の修道院も、後継者不足でこの夏を最後にクローズされることになりました。アメリカのベネディクト会から派遣される司祭を中心に日本やマレーシアからの修道士さんがなど、当初は15名以上いらした神父様や修道士の皆様が、ひとり減り、ふたり減り、とうとう5名を切ってしまいました。高齢化に合わせて、志願者が出ない。
修道院に限らず、教会でも司祭や信徒の高齢化が進む一方です。
国籍を問わずすべての人を受け入れる門戸開放。
伝統的なミサの形に捕らわれず、いろいろな国の聖歌や讃美歌を取り入れる機会均等(笑)
カトリック、プロテスタントを問わず教会はどこも四苦八苦というのが現状のようです。
2016/06/04 | URL | aosta  [ 編集 ]
Re:
v-22 aostaさんへ

>ベネディクト会の修道院も、後継者不足でこの夏を最後にクローズされることになりました。

⇒ 努力してきた歴史があるのにクローズされるとは残念ですね。ここのことだろうと思うサイトを少し眺めました。

フランスでは教会の司祭さん不足の話しは聞くのですが、修道院に入る人も減少しているのかな?… 修道院を見学すると素晴らしい環境なので、こういう場所で俗世界を考えずに生活できたら... と憧れることがよくあります。自然と昔の建築の美しさが溶け込んでいる環境で、僧侶が生活する独房も、都会人の殺伐とした居住環境とは比較にならないほど住み心地が良さそう...。

日本の友人が映画『大いなる沈黙へ グランド・シャルトルーズ修道院』が素晴らしかったと言うので、インターネットに入っているフランス語版の全編を見たのですが、修道院の厳かな雰囲気はパソコンの映像からは余り感じられませんでした。

修道院で生活している人たちが語る言葉も入っているフランスのドキュメンタリーの方が、私などには分かりやすいです。
Les Chartreux "Au delà du silence":
https://youtu.be/90w_LQg0Kik

フランスの病院に入院していたとき、とても優しい思いやりを示してくれた准看護師さんが、リハビリセンターにもワインの土産を持って会いに来てくれたので、無事に回復して日本に帰ってからお礼状を出したら、夏休みをシャルトルーズで過ごしていたので返事が遅れて申し訳なかったという手紙を送ってきたので、そんなところに1カ月も滞在させてもらえるものなのかと気になっていました。上に入れたドキュメンタリーで出てきていましたが、特別に信仰心が深い人でないと許可してもらえないみたい…。
2016/06/06 | URL | Otium  [ 編集 ]
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