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2016/11/18
子どもの時には触覚が敏感なものなのでしょうか。幼い頃の思い出の中には、触ったときの感覚が残っているものが幾つもあります。

住んでいた家の外壁にはめ込まれた小さなタイルの手触りは、まだ幼稚園にも入っていなかった頃だったはず。小学生のときに初めて田んぼに足を踏み入れたとき、足の指の間にヌルヌルとした土が入ってきた感覚もあります。

それから、母が持っていたべっ甲の髪飾りを持ったときの触感も鮮明に残っています。


簪(かんざし)、櫛(くし)

母の髪飾りは、下のアイテムと同じ感で、美味しそうな飴色をしていて、かなり厚みがあるものだったのを覚えています。ただし、彫刻は浮彫で、色はついていなかったような気がします。



実は、こういうのは「簪」と呼ぶと思ったのですが、簪は髪に指すタイプで、こういうのは「櫛」と呼ぶのが正しいというコメントをいただいたので、この記事は書き直したり、書き足したりしています。

(かんざし)    (くし)


「かんざし」と聞くと髪飾りをイメージしますけれど、「クシ」という発音を聞いたら髪をとかすときの味気ないクシを思い浮かべてしまう。

上のタイプは、「前櫛(まえくし)」と呼べば良いようです。

ところが、上に入れた商品の説明では、こんな風に書いてありました:
両面上部に螺鈿が入れられたとても希少な逸品です。歯間が狭いので櫛よりも簪(髪留め)仕様かと思われます。

となると、簪なのか櫛なのか分からなくなる...。商品名は、賢く「櫛簪」とされていますね。

混乱してしまいますが、本来「かんざし」と呼ばれる髪飾りは、下のように髪に指す形が正しいのは確かなようです。


「くし」は「苦死」と同じ発音なので、贈り物にするときには「櫛(くし)」を「簪(かんざし)」と呼んだりするのだそう。売る方でも、飾り物の櫛は「かんざし」と呼んでしまうことがあるように感じました。


前櫛

母が大切そうに持っていた髪飾りは、引っ越ししているうちに無くなってしまいました。それが懐かしかったのか、名古屋に旅行したときに入ったアンティークショップで、同じようにカマボコ型の櫛を売っていたので買ってしまっていました。

これです ↓



美味しそうな飴色はしていません。母が持っていたものは、触ったときのツルツルした感じに温かみがあって、いかにもベッコウという感じがありました。

買った前櫛は、昭和の貧しい時代に作られた安物という感じがしていました。それに私は天性の風来坊なので、必要のない物を持つのは好きではない。でも、これを見たときに思い出話しを店の人にしたら、うまく乗せられてしまったようです。値引きまでしてくれる。連れて行ってくれた人が親しい店だったので、何か買わないと悪いような気もしていました。

それで、大して気に入ったわけでもないのに、買ってしまったのです。

この櫛をフランスに持ってきていたのに、すっかり忘れていました。いつもはめったに入らない部屋に飾ってあったのを見つけて思い出し、その翌日にアンティークショップを開いていたこともある友人が食事に来たので、これを見せて本物の鼈甲かどうか聞いてみようと思いつきました。

気に入られるようだったら、どうせ誰も眺めないままに放置されているだけなので、プレゼントしようという魂胆。

前回の日記「なんでもプレゼントしてくれてしまう友人」で書いた友人なのです。私の方も何かあげたくなるわけなのですが、日本からは古いものをほとんど持ってくることがないのでした。これは、いちおうアンティークショップで買ったのだから、かっこうのお返しになるではないですか?

私の方が頻繁にこの友人夫妻を食事に招待しているだろうし、ワインの買い付けなどに行ったときは彼らの分も買ってお土産にしています。こうなるとプレゼント合戦になってしまって、切りがないのだけど...。


友人は櫛を電灯の光にかざし、歯の切り込みなどをしばらく眺め、「本物のべっ甲だと思う」と言いました。歯の切り込み方が、型で作ったプラスチック製とは違うのですって。

「値打ちものだ」とも言う。
「興味がある?」と聞いたら、「ウイ」と答える。

それで「あなたに、あげる」と言ったら、目がキラキラ。少し遠慮したけれど、あっさりともらってくれました。

彼はやわら友人は立ち上がり、テーブルの向こう側から私の方に歩いてくるので驚く。プレゼントされたらキスのお礼をするものなのですよね。何年たっても習慣が身につかない私...。


おめでたい飾り

櫛を眺めながら、友人は「結婚式の時に付けたのだろう」と言いました。

古いものを集めているので、日本や中国のものも彼らのコレクションに入っているので、ある程度の知識はあるらしい。ご主人の方は、若いときに空手をやっていたし、盆栽の作り方にも知識があるので、私などより日本のことを知っていると感じることがあります。

あらためて眺めてみたら、おめでたいものが飾りのモチーフになっていたのでした。店でも何か説明してくれたと思うのですが、すっかり忘れています。



松竹梅、鶴、亀。全部並んでいる。結婚式に使った髪飾りだというのも本当らしく思えてきました。

縁起担ぎが日本にあるというのは、フランス人の友達は知らなかった様子。それで、鶴は千年、亀は万年生きると言われるのだ、などと言いながら、本当にそうだったけかな?... などと思ったのでした。

松竹梅がおめでたいという理由は知らなかったので、説明しなかったのですが、なぜかとは聞かれませんでした。

これを書きながら調べてみたら、「松竹梅」は中国の「歳寒三友」から来ているのだそう。松と竹は寒中にも色褪せず、梅は寒中に花開く、ということのようです。フランス語では、中国語をそのまま訳して「Les Trois Amis de l'hiver」と呼んでいました。覚えておこうっと。


派手に松竹梅をあしらった簪の画像がWikipediaに入っていました。

Shochikubai kanzashi

画像のタイトルは「一月の舞妓(年少芸者)の松竹梅簪」となっている。結婚式だから松竹梅の飾りにするというわけでもないかな?...

でも、花嫁さんの飾りとして「松竹梅に鶴かんざし」というアイテムが見つかりました。

松竹梅は二人が困難にもめげずに生きていくことを表し、鶴は生涯夫婦で添い遂げる鳥というシンボルだからなのだそう。

私の櫛には亀もあったのだけれど、上の飾りには亀はないようです。亀といったら、海辺で涙を流しながら出産する姿を思い浮かべるので、結婚式に亀は持ち出したくないと私は思う。

母が大切にしまっていて、時々見せてくれていたべっ甲の髪飾りも、結婚式の思い出の品だったからだったのかな?... あるいは18歳で死に別れた母親の形見だったか?... 年がほとんど違わない後妻さんから邪魔者扱いされた母は、実家には遊びに行けなくなっていたので、余計に懐かしい思い出だったのかもしれない。

ともかく、友人にプレゼントした櫛にどんな意味があっても私には関係ないので、結婚式の髪飾りだったと思うことにしました。


本物のべっ甲なのかな?...

友人は「peigne(クシ)」と呼んでいました。その単語で話していたので、「カンザシ」という呼び名が存在していたのを私が思い出したのは、友人たちが帰った後でした。

インターネットで調べてあげると言って写真を撮ったのをここに入れました。丁寧に写真をとっていると、あげたことを後悔しているように見られてしまうかと思って、いい加減に撮影したのでピントが合っていないのですけど。

裏側は、こうなっています ↓



彫刻にしては凝り過ぎているのですが、この部分は張り付けたのでしょうね。

これと似たようなものがあるかとインターネットで画像検索したのですが、飾りが同じものは見つかりませんでした。

クシの部分を光で照らしたらギザギザが見えるので本物のべっ甲だ、と友人は言っていたのですが、偽物ではないかな?... 子どもの時に触った時のような柔らかい食感がないのです。それに、数年前に買ったときに払ったのは8,000円だったと思う。本物のべっ甲だったら、そんな値段では売らないのでは?



ところで、偽物のべっ甲を「プラスチック製」と私は呼んだのですが、「セルロイド」と言うべきなようです。

べっ甲が本物と偽物かの判断は、専門家でさえも難しいのだそう:
鼈甲(べっこう)と鼈甲の偽物(擬甲)の簡易鑑別法(見分け方) その2

この見分け方を読んでも判断できなかったのですが、私が名古屋で買った櫛はべっ甲ではないだろうと結論しました。でも、プレゼントした友人には言わないでおきます。
記事更新: 2016/11/24

ブログ内リンク:
★ 目次: アンティーク、蚤の市などについて書いた記事
★ 目次: プレゼントや土産物に関して書いた記事

外部リンク:
櫛かんざし美術館(Kushikanzashi Museum): 所蔵品
かんざしの種類
☆ Des choses: Kanzashi
Creative-museum


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カテゴリー: 日本 | Comment (19) | Top
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コメント
この記事へのコメント
Bonjour ! Otiumさん
こちらのフランスのジアンの食器は、イギリスのお品のような感じですね。ポッテリとした器は我が家にはありませんが、暖かい感じが人気なのでしょうね。飾ってある家具がとても素敵です!!

銀メッキのカトラリーに、反応しました。(笑)ステンレスではないカトラリーも使って欲しいと思われたのでしょうね。クリストフルの銀メッキは、食洗機でもOKですよ。パンフレットに書いてあります。したことがありませんけれど・・。

銀のカトラリー、毎日はおっくうでもたまにはいいですよ。持った感じが、ステンレスとは断然違いますし・・。 我が家はお箸が多いですが、純銀やメッキ、英国の白蝶貝のカトラリー、ドイツのトング・・・無駄でも大好きなので、ついつい買いますね。みてるだけでも、ウキウキします。(笑)

べっ甲の櫛、懐かしいです。こちらは、確かに歯がギザギザですね。セルロイドだと型押しではないのかな?? 鶴や亀の文字も一つ一つ違うような?? 七宝の柄もありますね。高級品ではないかもしれないですが、本物ではないでしょうか、ね?

若い頃、手塗りの赤い櫛とかんざしのセットも買いました。柏の葉で、おめでたい柄。当時、たまたま雑誌にも紹介されていました。娘たちが七五三で使用しましたから、嬉しかったです。当時は、着物には必需品だったんですよ。

プラスチック(セルロイド)の鼈甲も買いましたけれど、ほとんど使いませんでしたね〜。今から考えるととても安っぽい。柄は、プリントです。

今回も、とても勉強になりました。ありがとうございます!
2016/11/19 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
練り物 ♪
さすがに プロの方は
上手いこと おっしゃいます。

Otiumさんが プレゼントなさった簪
間違いなく 練り物ですね。。。

真贋判定のサイト拝見しましたら
偽物は 金属の埋め込みがあるとのこと、、
それに 値段が 桁違い。。
最終判定は 燃やしてみたら すぐに
分かるとか、、、 
きっと 綺麗な炎で燃えるんでしょうね v-57

「お宝鑑定団」という テレビ番組がありますけど
他人様が
数百万で購入した 「お宝」が
数千円と鑑定された ときの 喜び(ぼくの) もとい
驚きはかなりのもの なのだ v-12

「お宝」を購入するときには
第三者のプロに鑑定していただくのが賢明と
痛感するしだいで ござる。。。
2016/11/19 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

>飾ってある家具がとても素敵です!!

ありがとうございます♪ アンティークショップで見たときに気に入ってしまって、置く場所があるかも考えないで買っていた家具です。パン生地をこねるための道具に、古い家具の部品を入れて家具に仕上げたのかなと思いましたが、中にきれいに布を張ったところが、これを使っていた人の愛着を感じて気に入ったのでした。

結局、誰の目にも触れない部屋に場所を見つけて入れていたのですが、そこに、これまた不要ないただきものの食器を置いてみたわけなのでした。

私は陶磁器より、オーク材のどっしりした家具の方が好きなのだと思います。

>クリストフルの銀メッキは、食洗機でもOKですよ。

そうなのですか。日本で何かの機会にいただいた銀メッキのクリストフルのスプーン6本セットは、厚みがあるので気に入っていました。ところが、流しのゴミに紛れてしまったのか、だんだん減っていってしまって、今では1個しか残っていません! 食器洗い機より、日本式のゴミ方式(たくさん入る)の方が危険なのでしょうね・

>鶴や亀の文字も一つ一つ違うような?? 

本当ですね~。文字の跳ね方が違う!

>高級品ではないかもしれないですが、本物ではないでしょうか、ね?

ありがとうございます♪ 本物のべっ甲だと思ってしまった友人に申し訳ないと思っていたのですが、気が楽になりました♪
2016/11/20 | URL | Otium  [ 編集 ]
Re: 練り物 ♪
v-22 たかゆきさんへ

>最終判定は 燃やしてみたら すぐに 分かるとか、、、 きっと 綺麗な炎で燃えるんでしょうね

わぁ、それをやってみたいですね~♪

アフリカに行ったとき、本物の皮でできたハンドバックだと言って路上で売っていたとき、ライターの火を近づけてみせていました。日本では1個1,000円くらいでよく売っているシロモノ。「高すぎる」と面白がって言ったら、10分の1くらいの値段にまで下げてきたのですが、茶化しただけで立ち去りました。

>「お宝鑑定団」というテレビ番組がありますけど

フランスでも全く同じ趣旨の番組があって、私は見るのが好きです。それを目撃した友人から「バカな番組を見ている」と言われたのですが、お宝だと思っていたものが全く価値がないものだったり、意外なものに価値があったりすると、面白いのですよ~♪

>「お宝」を購入するときには 第三者のプロに鑑定していただくのが賢明と 痛感するしだいで ござる。。。

プロでも間違えることがあるから面白いと思うのですけど♪ でも、とこかく売る方な何とでも言うでしょうね。偽物だろうと、価値がないものだろうと、自分では宝だと思っているのが一番良いと思います。
2016/11/20 | URL | Otium  [ 編集 ]
真贋 ♪
>プロでも間違えることがあるから面白いと思うのですけど♪
故意に 間違えるプロも いらっしゃるとか、、

原田マハの『楽園のカンヴァス』という小説
アンリ ルソーの 作品の下に
ピカソの 青の時代の作品が 描かれているかも
という ストーリー
https://matome.naver.jp/odai/2135955626248173201

>価値がないものだろうと、自分では宝だと思っているのが一番良いと思います。

Otiumさんの おっしゃる とおり v-218
モノの価値なんて相対的なもの
自分が 惚れた作品が 最高傑作

ゴッホもルソーも 存命中の作品は二束三文
他人の評価や お値段なんぞ 屁みたいなもんだ と
ぼくは 思っているのだ ♪
2016/11/20 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 真贋 ♪
v-22 たかゆきさんへ

>故意に 間違えるプロも いらっしゃるとか、、

それも、あり得るでしょうな~。

>ゴッホもルソーも 存命中の作品は二束三文 他人の評価や お値段なんぞ 屁みたいなもんだ と ぼくは 思っているのだ ♪

本当の天才は生きている間には認められないもので、もしも認められたら大したレベルではないか、非常に例外的なケースだろうと私は思っています。ところが、現代の画家は生きている間に認められようとする度合が激しくて、実にお上手に自ら作品の意味を語られるので感心します。

キュレーターの友達が、私はフランス語を話せるからと呼んでくれて出会ったフランス語圏の画家には面白い人たちがいました。白い真四角のタイルを張って作品を作るとか(家でもオブジェでも、なんでも作品になる)、10センチの刷毛でチューブから出しただけの色で絵を描く(四角を描ける)とか。なんじゃ、これ?!、私にだってできるよ、と思うのだけれど、ご本人たちのお話しを聞いていると、作品(?)に意味があるように思えてきてしまうのだからスゴイ!

昨年だったか、東京で行われた村上隆の展示会に行ったのですが(招待券があるからと友達が言うので行っても良いと承諾した)、作者が出している説明パネルがいっぱいあるので驚きました。本当に良い絵画は、意味が理解できなくてもインパクトを与えるものだと思うのだけどな…。

昔は収入がなくても何とか生きられたから自分のしたいことをつらぬけたし、苦しめば苦しむほど良い作品が生まれる。でも、今はお金儲けをしないと生きていけないから売り込む。うまく宣伝すると有名人になれる情報社会になっている。現代の芸術家が生み出すものの中に、何百年も歴史に残るものがあるのだろうか?…

「裸の王様」はバカバカしい子ども話しみたいだけれど、実際にはかなりあるのでしょうね。アンリ・ルソーの作品からはちっとも感動を与えられないし、嫌悪感さえ抱くので、この人の作品が素晴らしいと評価されているのは、そういう風にしている人たちがいるからだと思ってしまう…。
2016/11/20 | URL | Otium  [ 編集 ]
楽園のキャンバスは
面白かったですよ〜
そのあとに
「ジベルニーの食卓」とか
「まぐだら屋の マリア」とか 読んだけど
楽園の、、が いちばん 面白かったです〜

う〜ん
わたしはアンリールソーは すきなのですよ、、
あの 扁平な 絵がね〜

かんざし、、
気に入ったら 偽物でもなんでもいいとわたしは
思います〜
鑑定団で 見てもらうのは 売りたいときだわ〜
2016/11/21 | URL | katananke 05  [ 編集 ]
Re:
v-22 katananke 05さんへ

原田マハさんの作品は読んだことがないのですが、美術の専門家なので興味深い作品を書いていらっしゃるのだろうとは思いました。

>気に入ったら 偽物でもなんでもいいとわたしは思います〜

そうですよね~。人それぞれで好みが違うのも良いことです。

>鑑定団で 見てもらうのは 売りたいときだわ〜

プレゼントした簪を友人が売ることになったら、専門家には相談しないで、何でもかんでもでっちあげて高く売って欲しいです♪
2016/11/21 | URL | Otium  [ 編集 ]
[専門家には 相談しないで、何でもかんでも
でっちあげて 高く売ってほしいです ♬』
なるほど、、そういう手もあったか、、

自分も本物と信じていたら
相談等しないで  そうするわね〜
さんせ〜い    ♪ ♬
2016/11/22 | URL | katananke 05  [ 編集 ]
作品は商品なのだ ♪
>ところが、現代の画家は生きている間に認められようとする度合が激しくて、実にお上手に自ら作品の意味を語られるので感心します。

かような作家は商人♪

>本当に良い絵画は、意味が理解できなくてもインパクトを与えるものだと思うのだけどな…。

一目惚れって あります、、絵画ではないけど
書では あるのだ ♪

>「裸の王様」はバカバカしい子ども話しみたいだけれど、実際にはかなりあるのでしょうね。

市場という 金儲けの次元になると
商品の 付加価値を 高くするために
裸の 「マハ」 が 美しく見えるような
さまざまな バイアスを かけるのでしょう。。。

>現代の芸術家が生み出すものの中に、何百年も歴史に残るものがあるのだろうか?…

たぶん ない。。。

ぼくが 感動した 書は 
人生に 挫折し 己の 悲憤を
したためた 書
(蘇軾よりも黄庭堅が すき)

お金儲けしようなんて ゲスな気持ちは
彼らにとっては あたりまえですが
これっぽっちも ないけど、、

数百年後の ぼくみたいな アホにでも
筆を とってみようかと いう
気持ちに させて いただきました♪
2016/11/22 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Re: 作品は商品なのだ ♪
v-22 たかゆきさんへ

>かような作家は商人♪

なんでも宣伝すると売れる時代だから、芸術家もプライドを無くしてしまうのかな。

映画も、巨額の宣伝費をかけるとヒットする。日本で有名なフランスの食品を私は買ったことはないし、見たこともないと思っているとスーパーで売っているのを見つけたりするので、誰かが貴重なフランス食品なんだとPRしているのだろうと想像する次第。

宋の四大家の書を眺めてみましたが、私には全く分からないな...。西洋絵画ではイコノグラフィーなどで解説されると、そういう風に受け取れるかと面白いと思うのですが、書の場合は読めないと全く判断できなくて、なんと文字ズラが良いな... という感動は与えないのかもしれない。あるいは、絵画を見たときに直観で好きだと思うのは、書では意味がないのか?...

黄庭堅の「時有帰牛浮鼻過」が気に入りました。フランスでは10時間以上も食事が続くことがあって、皆がどうでも良いことを話して大笑いしている席にいると、そう思ってしまう。こちらはフランス語を聞いていると疲れるのだから、同じ努力をするなら、調べものをして知らなかったことを学んだ方がずっと楽しいと思ってしまうのです。
2016/11/23 | URL | Otium  [ 編集 ]
書は 人なり ♪
だと すれば、、、
好き 嫌い 苦手 無関心の 
いずれか、、

>私には全く分からないな...。
書なんて 分からなくても 全然 平気
相手にしなければ いいだけなのだ ♪

一番 困るのが 苦手なタイプ

藤三娘の 『楽毅論』
好みの タイプと思って臨書しましたら
三行で 眩暈
かなり 個性の強い方と 拝察しました。。。

このような 女性を 奥方にされた帝の
お気持ちは 察するに あまりあります。

>同じ努力をするなら、調べものをして知らなかったことを学んだ方がずっと楽しいと思ってしまうのです。

御意♪
ぼくなら さっさと 席を立ちます
なので ぼくには お友達など たったの
一人も いないのだ ♪
2016/11/23 | URL | たかゆき  [ 編集 ]
Otiumさん、こんにちは。
櫛で思い出したのですが、オー・ヘンリーの、賢者の贈り物という小説がありましたね。

最近、以前から欲しかった、大きなお雛様の後ろに飾れるくらいの、観音開きのようになった屏風を、一目惚れで!!(笑)購入。
地味目の桜の柄に、墨で『春の苑 くれなゐにほふ桃の花 した照る道に いて(で)立つ をとめ』と書いてあります(万葉集・大伴家持)。

書家が分からないままの購入だったのですが、新潟でご活躍の女流書道家のお若い頃の作品でした。日本酒のラベルなども書かれてあります。屏風の前には、なにを飾りましょう・・。来春が楽しみ〜。

もう二つは、夫の同級生で書道の高校教師をした方からの掛軸のプレゼント。『歸 山 独 島 遅』と、金文で書かれた『福 以 徳 招』。お正月に飾る予定です。毎年くださる年賀状の普段の書(文字)の方も(が)、個性的で大好きなんですけれどね。(笑)

我が家に、地元では大変有名でいらした八尋壑仙(がくせん・本名武人または武仁)氏の扁額(宇○八幡宮のご神木の楠の木・彫って胡粉で彩色)があるのですが、『莫 妄 想』と禅語が書かれています。
若い頃は、ちっとも興味がなかったのですが、今では、玄関に飾って喜んでいます。毎日、いいな〜と思います。(笑)

同級生がいらした時、すぐに『八尋先生だ!!』と分かられ、こちらの方がびっくりしました。高校の恩師でいらしたのです。夫もですが(夫が書道を選択したのは男女クラスになるから・・だそうで・汗)。

八尋先生は、『書は他人と競うものではない。自らの精神を鍛えるものである』と、自ら個展を開くこともなく、風土に根ざした独自の書として、際立っておられたとか。

先生には、西日本新聞の題字や、九州大学・高校の門標、多くの記念碑などで、なにげにお世話になっています。没後27年の2003年には、美術館で作品展が開催されたそうで、品格のある書は、多くの方に愛されてあったようです。

同級生から、遺墨展の作品集もいただいたのですが、様々な書体があり、素晴らしい作品の数々でした。以前は、ググったら先生の記事があったのですが、今はなくて残念です。
50年以上前?に扁額を購入した義祖父に、感謝!です。
2016/11/24 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
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2016/11/24 | | -  [ 編集 ]
そうそう、女流書家といえば・・忘れていました。(汗)
今や、東京銘菓になってしまってる??博多銘菓の『ひよこ』。
最初は(今でも)、炭鉱で栄えた飯塚市の銘菓でした。白蓮さんの夫だった、炭鉱王の伊藤伝右衛門邸があるところです。

『ひよこ』という特徴のある可愛らしい文字は、女流書家の、町春草(まちしゅんそう)さんが書かれています。町春草さんは、着物の雑誌で度々お見かけしました。ひよこのサイトでも、紹介されています。
2016/11/24 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re: 書は 人なり ♪
v-22 たかゆきさんへ

>三行で 眩暈

そんなに見えてしまうものですか。。。

藤三娘についての解説を読んだら納得:
http://www.bell.jp/pancho/k_diary-4/2011_0110.htm

>このような 女性を 奥方にされた帝の お気持ちは 察するに あまりあります。

ソクラテスの妻のように、夫を大成させるという効果もあると思いますけどね~。

>御意♪  ぼくなら さっさと 席を立ちます

大都市にいるか、一人でしか行動しないことにしていたら可能なのですけどね。誰かの車に乗せてもらって行った場合は、立ち上がったあとにどうするかが問題なのです。バスや電車がないからと、タクシーまで呼んら角が立つ。自分で運転してきたとしても、誰かを連れてきていると、その人が帰ると言い出すまで待つか、その人を代わりに送ってくれる人を探さないと自由に行動できない。

でも、私も立ち上がりはしますね。無難なのは、腹ごなしをするかのように出ていく庭の散歩。この夏には、大声で議論している男性たちの声を聞いていたら頭がガンガンしたので庭に出たら、やはり遠ざかるために庭に出てきた女性たちもいて、「○○はいつもあの調子だからたまらない」と悪口を言ってました。

食事が10時間以上続くときは、ソファーで昼寝してしまうこともあります。親しい家にあるソファーの寝心地は全部試しているように思う。その観察で気がついたのですが、フランスの家にあるソファーは大きくて、どこでも寝心地はかなり良いです。

食卓で膝をつくとか、食事の途中で寝てしまうのは行儀が悪いと見做されるのは知っていますが、仕方ない。食卓で寝てしまう癖がある友達はいつもからかわれていますが、皆の前でコックリコックリやるからいけないのだと思う。それに私の場合は、フランス語が母国語ではないから疲れるのだろうとか、みんなのように体力がありそうな体格はしていないので許されるだろうと思っております。

>なので ぼくには お友達など たったの一人も いないのだ ♪

あら、ユニークそうなお友達が何人もいらっしゃると思っていたのですが、お友達とは認めてあげていない、ということかな?
2016/11/24 | URL | Otium  [ 編集 ]
Re:
v-22 [太字]フォルナリーナさんへ

『賢者の贈り物』というお話しがありましたね。教科書で読んだのかな。

なぜそこまで無理してプレゼントをするのかと思った記憶があるのですが、文化の違いかな、とフランス人を見ていると感じます。フランスでは、安っぽいお土産を出すくらいなら、あげない方が良いくらいで、プレゼントするときにはかなり無理をしています。でも、日本では信じられないほどつまらないものでも出す。

おまけに日本には「つまらないものですが」という言い方まであるけれど、それをフランスで言ってはいけないと教えられました。自分でもつまらないものだと思っている物をプレゼントするのは相手に失礼だから、とのこと。そりゃ、そうだ、と思いました(笑)。でも、私がこの表現を使うときは、自分ではかなり良いものをプレゼントしていて、相手に心の負担をかけては悪いから言う、と感じるのだけれど。

書を飾るという楽しみもありましたね。季節に合わせて変えるというのは、横着な私向きではないけど。

西日本新聞の文字、「ひよこ」の文字は、私もとても良いなと感じます。安保法制反対運動のシンボルに使われた金子兜太さんの2行も、すごいインパクトがある文字だと感心しました。たかゆきさんが挙げた書は、私には分からないなと思っただけだったのですが、どこから来る違いなのかな?…

別のコメントで教えてくださったこと、どうもありがとうございます。まだ機会がなくて、フランス人に知ったかぶりで教えていなくて良かった♪ ブログの方は訂正しておくことにします。どなたかにご迷惑をかけたら申し訳ないので。
2016/11/24 | URL | Otium  [ 編集 ]
Otiumさんが書かれている『九四』、なるほどな〜と思いました。
それで思い出したのですが、私が買った、柏がさねの模様の櫛とかんざしは、
東京の有名な『十三や(じゅうさんや)』のもので、九+四=十三・・という
縁起担ぎの店名でした。
今回も、勉強になりました。ありがとうございます!
2016/11/25 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

>『九四』、なるほどな〜と思いました。

連想されませんでしたか。私は「クシ」という音の響きがなんだか好きではないのです。「ク」というのが鋭すぎる冷たい音で、その後に「シ」が続くと、さらに美しくないと思ってしまう...。

>九+四=十三・・という 縁起担ぎの店名でした。

面白いですね~♪

キリスト教文化では嫌われる13なのに、縁起担ぎにもなっている13!

フランスでは「13日の金曜日」はラッキーな日:
http://otium.blog96.fc2.com/blog-entry-1233.html

よくコメントをくださる「たかゆきさん」からは、「13は素数ですよ」、と言われそう。「十三や」が縁起担ぎなのは、そこからでしょうかね。
2016/11/26 | URL | Otium  [ 編集 ]
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