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2016/12/09
『ターヘル・アナトミア』を翻訳した『解體新書』が刊行されたのは1774年ですか。よく訳したな... と、しみじみ思ってしまいます。長崎に出島があって、オランダ人に分からないことを聞けたかもしれないですが、その言葉を話すからといって母国語の、まして専門用語などは正確には教えてくれないのですよね。

さらに、明治時代になって外国に留学した日本人たちも、よくサバイバルできたと感心します。文化が違うと、置き換えられない言葉がたくさんありすぎる。訳語を作れない場合でも感覚的に分かれば良いとしても、感覚的に分かるのさえ難しいことも多々あります!

そもそも、辞書というのは信頼できるものなのか? この夏、19世紀のフランスの国語辞書を手に入れた友人が、読んでみると愉快なのだと話しました。開いて見せてくれたのは「黒人」の項目。知能が劣っている人間だと書いてあるのです。「この時代の人たちにとっての認識がそうだったから、そうなっているのだ」と笑っていました。

「それじゃ~! 日本人は何だと書いてあるの?」と私。友人は「ジャポネ」を探す。体が小さいと書いてありました。それしか特徴を見いだせなかったのでしょうかね...。みんなで大笑いしました。

現代になっても、日本語を母国語にしている人にとって、英語以外の外国語を勉強するのは大変だと思います。なにしろ、頼りにできる辞書がない! 私が特殊なフランス語の訳語を探すときは、英和・和英辞典で確認して、それから英仏・仏英辞典で確認、あるいはその逆をしないとなりません。


私が使っているフランス語の辞書

和仏辞典で頼れるのは小学館ロベール仏和大辞典だけ。ハードカバーの辞書は持ち歩けないほど大きいので、フランス用と日本用に2冊買いました。それが入った電子辞書が登場したときには、ハードカバー1冊買う値段なのに、他にもたくさんの辞書が入っているので驚きました。

小学館ロベール仏和大辞典
ハードカバー
カシオ電子辞書 エクスワード
フランス語モデル XD-Y7200 コンテンツ100


でも、この仏和大辞典は刊行されてから30年近くもたつのに、一度も改訂されていないのです。

ここのところ栗についてブログに書きながら、栗に関連した植物関係の用語の日本語訳が見つからないので困っております。

それで、パソコンにインストールしてあるプチ・ロワイヤル仏和辞典もひいてみました。

いつもは全く使っていないのです。

知りたい単語は、必ずと言ってよいほど入っていないので、買ってから1週間もしないうちに投資したことを後悔した辞書なのですが、間違っていることまで書いてあるとは知らなかった!


シリーズ記事目次 【栗のマロンには不思議がいっぱい!目次へ
その4


ありえへんことが書いてある?

栗について書いていたら、次々と分からないことが出てきているのですが、とりあえず栗を指すシャテーニュとマロンがどう違うのかを調べています。こういうことだと思うということを書いた記事をブログに入れたのですが、やはり私の解釈が正しいのかどうか確信が持てない。それでアップロードした記事は引っ込めて、また調べております。

色々なフランスのサイトに入っている文章を読むと、ますます混乱してくるのです。インターネットで情報を得られるのは便利なのですが、誰でも公開できるために間違ったことも入っているわけで、どれが本当なのか分からなくなってしまう...。

いつもは使わない辞書なのですが、栗に関する単語を使っている例文の中に、私が知りたい単語が入っているかと調べたわけですが、やはり小さな辞書には入っていませんでした。

ところが、基本的な単語の訳文で首を傾げることが書いてあったのです。私が???と思った箇所を赤字にしてみます。

châtaigne
❶栗の実  [参考] ふつうは食用にしない. 食用のクリはmarronという

châtaignier
❶栗の木

marron
❶栗(の実)
❹マロニエの実(= marron d’Inde)  [参考] 栗の木châtaignierの実は本来châtaigneというが,食用という観点からはふつうmarronと呼ぶ.マロニエmarronnierの実もmarronだが,こちらは食べられない

marronnier
❶〖植〗マロニエ(= marronnier d’Inde) [参考] パリの街路樹はマロニエが多く5月に花をつける
(栽培された)栗の木
[プチ・ロワイヤル仏和(第4版)・和仏(第3版)辞典]

大先生が書いていらっしゃる辞書なので文句はつけられませんが、「châtaigne(シャテーニュ)は食べない」というのは間違いだと思うのですけれど...。実際に「シャテーニュ」として栗の実が売られているし、料理の名前にも使われているのですから。

書いた方は、栗は「マロン」と呼ばれると確信していらっしゃるようですね。私は栗の木の下に実が落ちていたら、シャテーニュと言う人の方が多いのではないかと思うのですけど、統計をとったわけではないので分かりません。

マロニエという木の実である「マロニエ」は食べられないと書いてある部分もあるのですが、marronnier(マロニエ)の訳に「(栽培された)栗の木」というところでひっかかりました。

マロニエはトチノキ科で、栗の木はブナ科ですよね。マロニエを「栗の木」と言ってしまって良いのでしょうか?

パリの並木道にあるマロニエも栽培しているわけですよね。この辞書をフランス語の勉強に使っている日本人が、marronnierの項目だけ見た後にパリに行って、マロニエの実を拾って食べてしまったらどうするの?! お腹をこわして、数日間は苦しむようですよ。

でも、この部分は間違いではないらしいのでした。仏仏辞典にある「marronnier」の項目でも「Châtaignier cultivé」書いてあるのです。「日常的な使い方では」と付けている辞書もありましたが。これは「栽培された栗の木」としか訳せません。

全く混乱してしまう。栽培されている栗の木の中には「マロン」と呼ぶ栗が収穫できる品種があるというのは分かったところなのですが、そういう栗の実がなる木をmarronnierと呼ぶのでしょうか? そういう栗の木を栽培している人はそう呼んでいるのかな?...

フランスの画家テオドール・ルソーの作品に、「栗の並木」とでも訳せる作品がありました。


L’Allée des châtaigniers, Théodore Rousseau

マロニエの並木はパリでよく見ますが、栗の木で並木を作るなんて知らなかった。こういうのを「栽培された栗の木」として「マロニエ」と呼ぶのかな? これは全く確かめようがないので、あきらめて放置します。インターネットでmarronnierとchâtaignierをキーワードにして検索したら、この2つは違うものだ、という記事しか出てこないでしょうから。

食べるための栗を、フランス人はマロンと呼ぶのが普通なのかという方は気になる。料理や加工食品の名前ではマロンという文字がよく出てくるので、そうかな... という気もしてきます。

でも、少なくとも生の栗については、シャテーニュという言葉を使う方が多い、と私は思うのですけど。例えば、AOC/AOP(原産地呼称)を取っているアルデッシュ県の栗でも、その認定呼称の名称は「Chataîgne d'Ardèche(アルデッシュのシャテーニュ)」です。そこの栗業界が作っている組織のサイトでは、シャテーニュとマロンとの違いを示すときにマロンという単語を使っているだけで、他ではシャテーニュで統一しているように感じました。

わからん!

そもそも、私は栗とは無縁なのです。ブルゴーニュ地方で栗の木が生えているのは、ごく限られた地域です。酸性度が必要なのではないかな。ブドウ栽培に適しているような土壌では栗は育たないと思う。日本にいるときは東京だし、栗の木を見ることは滅多にないわけです。

栗を食べることも非常に少ないです。日本の栗の和菓子はさっぱりしていて美味しいと思うので、見かけたら買っているように思います。でも、フランスで栗のケーキは買わないです。フランス料理は胃にもたれるので、デザートで栗を食べる気にはならないので。レストランや友人の家で、栗が付け合わせになっている料理を食べたことがあるかどうかさえ記憶にありません。

そんなわけで、今までは全く興味がなかった栗なのに、調べていると次々と不思議なことが出てくるのです。

辞書では専門用語の意味が分からないし、植物学や栗業界に詳しい人も友人の中にはいないので、私の疑問に答えくれるフランス人がいない...。ブルゴーニュでは栗を食べる文化がなかったので、栗のことを友人に質問したら、冷たい答えも返ってきました。あんな不味いものなんかどうでも良いじゃない? マロングラッセなんてメチャメチャに高いから買わない!

J'en ai marre des marrons...
Ce n’est pas marrant, les marrons...

乗りかけてしまった船なので、栗のお話しはまだ続けます。


追記:

この記事をアップロードしてから少し後、南仏で栗を収穫しているニュースの動画を見たら、アナウンサーも栗栽培をしている男性も、マロンのなる木のことを「マロニエ」と呼んでいました。そういう風に紛らわしいから、並木になっているようなマロニエの木のことをmarronnier d'Inde、その実はmarron d'Indeと呼ぶことがあるのですね。

ついでに、そのニュースに出てきた人、つまりこの分野でのプロが、栗を見せながらマロンとシャテーニュの違いを説明していました。この違いについて、私の解釈は間違っているとフランス人に言われていたのですが、私の方が合っているのではないかと思えました。それで、保留にしていたマロンとシャテーニュの違いについての記事を書きあげることにします。


続きへ ⇒  フランスでは、どのような栗を「マロン」と呼ぶのか

★ シリーズ記事目次: 栗のマロンには不思議がいっぱい!



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この記事へのコメント
Otiumさんのブログで、テオドール・ルソーの絵画を拝見できるとは、ビックリ!!
こういう絵画を描いていたのですね。名前は知っていましたが、今回初めて検索しました。

先ほどの続きになりますが、櫻木健古氏の文庫本『生きるヒント一日一話(1981年ぱるす出版刊行・人間における幸福の探求を、文庫収録にあたり加筆改定再編集したもの)』が我が家にあり、平成12年(2000年)に読みました。

30ページに、画家ミレー(ミエ)と、思想家のジャンジャック・ルソーとの厚い友情が書いてあります。絵画の本でミレーの話は読んでいたので、えッ??と思い調べたら、テオドール・ルソーのことでした。J・J ルソーとは生きてる時代が違います。
テオドールのミレーは、お墓もとなり同士。

また、ミレーは、農耕をしつつ・・とも書いてありますが、どうも??ほとんどしていなくて、植木の手入れは大好きだったそう。このように、本には間違いがたくさんで、読書家でもないない私でさえ、多くの間違いを見てきました。
 
 ジャンジャック 1712〜1778
テオドール   1812〜1867
 ミレー     1814〜1875

ちなみに、Otiumさんが苦手なアンリ・ルソー は、1844~1910。
アンリ・ルソーの絵画、好きなんですよ。(笑)そうでないのもあります。『蛇使い女』の不思議な絵も好きですが、『眠れるジプシー女』は、好きですね〜。

で、テオドールが描いた栗並木は、住んでたバルビゾン村(ここは行きました。フォンテーヌブローの森のはずれ)の近辺かもしれないと思い検索しましたが、私では、わかりませんでした。
しかしながら、パリ郊外のサンクルー公園などにはたくさんの栗の木があり、栗拾いを楽しんである様子なので、栗の並木道があっても不思議ではないのかな〜〜と思いました。

では、次回も楽しみにお待ちいたします。
2016/12/12 | URL | フォルナリーナ  [ 編集 ]
Re:
v-22 フォルナリーナさんへ

>テオドールが描いた栗並木は、住んでたバルビゾン村の近辺かもしれないと思い検索しましたが、私では、わかりませんでした。

私も、バルビゾンでないにしても、パリに近いところを描いたのだろうと想像したのですが、その当たりで栗の木が育つのかな?… と疑問に思っていました。

調べてみたら、この作品を所蔵しているルーブル美術館のサイトで、ポワトゥーにあるスーリエ城で描いたと分かりました:
http://cartelfr.louvre.fr/cartelfr/visite?srv=car_not_frame&idNotice=8688

複製画を売っているサイトでは、ブレシュイール町に近いスーリエ城だとしていたのですが、いずれにしてもフランス西部ということなのでしょう。そのあたりの土壌なら栗の木が立派に育ちそう。

やたらに整然とした栗並木なのも不自然に思ったのですが(本当はマロニエ並木ではないかとも疑った)、何処が舞台だったか探してみたおかげで城の庭園にある並木道を描いた絵だったと分かり、すっきりしました♪ いつも、色々なことを教えてくださったり、考えさせていただいたりする機会を頂戴していることに感謝しております!♪

>画家ミレー(ミエ)と、思想家のジャンジャック・ルソーとの厚い友情が書いてあります

年号に弱い私ですが、啓蒙思想家のルソーはフランス革命前の人なので、印象派の画家と出会えるはずがないのは分かる。読み始めて、あれ、あれ??? でした(笑)。

出版する怖さは、後で間違いに気づいても直せないことですね。ウィキペディアを創設した人が、このオンライン参加型の強みは、専門家も数多く参加しているし、間違いがあるとすぐに訂正されることにあるのだと言っていました。「間違ったことが記述されたら、○○時間以内に必ず修正されるのだ」とまで言っていました(2日とか3日とかいう感じだったと思う)が、ちょっとオーバーですよね?(笑)

フランスのメディアで面白いと思うのは、広告収入ゼロの新聞「カナール・アンシェネ」です。政治家の汚職や企業の府政などすっぱ抜きは、たいていこの新聞から発信されます。この新聞社の記者たちは、自ら記事になるネタを探すことはなく、一般の人たちから寄せられる情報を検証するのが仕事なのだそう。少なくとも今あることに限れば、真実を知っている人たちが絶対に世の中の片隅にはいるはずなのです!

辞書も、間違いだと分かった人が指摘してあげれば進歩するのですよね。なかなか直してはくれないだろうとめげるし、教えてあげるボランティア精神が必要なので、出版社に連絡される方は尊敬します!
2016/12/12 | URL | Otium  [ 編集 ]
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