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2017/04/04
中世と呼ばれる時代がいつだったか曖昧なので、フランスの歴史区分を確認しました。



ヨーロッパの中世は、どこに線を引くかには議論があるものの、西ローマ帝国滅亡(476年)から東ローマ帝国滅亡(1453年)まで、あるいはコロンブスのアメリカ大陸発見(1492年)までとするのが一般的のようです。

上に入れたのはフランスの歴史家が区切った時代の4区分で、フランスではこれが一般的らしく、中世の終わりは1492年の方にしてありました。


ブルゴーニュ公国
が4人のブルゴーニュ公(ヴァロワ家)によって栄えた時期が、14世紀半ばから1477年までなので、私の頭の中にあるフランスの中世は14~15世紀なのですけれど、5世紀に中世が始まっていると捉えるとすると長い期間ですね。


中世の後に続くのは、フランス革命が勃発する1789年までが「近代」。その中で、ルイ14世の時代(在位 1643~1715年)はフランス絶対王政の全盛期。

フランス革命の後はかなりの変化があって、それが今日まで続いている「現代」。

図で眺めてみると、青の「古代」の部分が長いし、中世も意外に長いので、近世から現代はやたらに短く見えました。

ここのところフランスの食文化の変化を眺めているのですが、今日の姿になったのは、長い歴史の中では本当にごく最近なのだと感じます。

シリーズ記事 【フランスの食事の歴史】目次へ
その2


中世の装飾写本(フランス語でEnluminure)が大好きです。手で描かれた美しいカラーの絵が入っているからです。食事の風景も多く描かれているので色々と眺めながら、中世の食事の仕方の特徴を眺めてみました。中世の食事については幾つかの記事とする予定なので、そこに入れていきます。


パンが大事なカロリー源


Livre du roi Modus et de la reine Ratio, XIVe siècle

この絵画に描かれているのは旅人で、食事はパンとワインだけ、という説明がWikipediaではなされていました。でも、これを所蔵しているフランス国立図書館では「Le casse-croûte paysan(農民の軽食)」としています。畑仕事の合間にする腹ごしらえとして受け取っているようです。

ところで、中世でも巡礼者や商人たちのために、Auberge(オーベルジュ)、taverne(タベルヌ)と呼ばれる旅館がありましたが、そこで出す料理によって評判の良しあしがあったようです。ただし、タベルヌの方は、アルコール飲料の飲み過ぎやギャンブルなどが付きものなために悪名高いところもあったようす。


中世のフランス人たちは、1人あたり、1日にパンを500gから1Kg食べていた、とみられているのだそう。

肉、魚、野菜、果物、油脂、チーズも食べられたけれど、パンに添えられる食べ物であって、つまり、現代の食べ方と逆転した立場だった、という説明でした。

バゲットを食べるようになったのは比較的最近なので、フランスから輸入して販売している昔風のパンを右に入れてみました。

パン・ド・カンパーニュを2等分したものですが、直径約30cm X 高さ約10cm。重さは約900gとあります。

つまり、これを一人で1日に食べてしまうとは驚き...。

何を食べていたかは、社会の上層部と下層部ではかなり異なっていました。

肉体労働をする農民や職人は、食べることによって得る力の7割はパンに頼っていたのに対して、貴族たちの宴会では1日で1人当たり1キロの肉を用意していた、という記述がありました。


宗教上の拘束

信仰心があつかった中世には、キリスト教の定める戒律に厳格に従っていました。動物から得られる食材(食肉の他に、バターやチーズ、脂、卵も)は、1年のうち150日も禁止されて(毎週水・金・土曜日、祭日の前日、四旬節の40日間)、魚か野菜か果物しか食べられませんでした。

中世には何度も飢饉に見舞われています。こういう決まりがある時期には非常に困るわけで、王様はニシンを貧しい人々に配ったそうです。

裕福な階層では魚も色々な種類を食べていたのですが、貧しい人たちにとっての魚とはニシンだったようです。そういえば、未だにフランスではサーモンはご馳走というイメージがありますね。

断食の終わったらご馳走を食べるわけで、今日ある季節ごとの食べ物も、言われてみれば禁止されているものを食べる、というパターンなのでした。クリスマスのご馳走、復活祭の卵、揚げ菓子、クレープ、公現祭のケーキなど...。


中世のブルゴーニュ

中世フランスの中で、ブルゴーニュ公国の食文化は高いレベルにあったと言われます。盛大な宴会も開かれるので、調理を担当するスタッフは総勢515人いたとのこと。


Vœu du faisan

公国の首都だったディジョン市には、14世紀から15世紀にかけて建築されたブルゴーニュ公国時代の宮殿Palais des ducs de Bourgogneが残っているのですが(市役所と美術館として使われている)、15世紀につくられた台所の部分もあるのですが、薪をくべて調理に使う巨大な6つの暖炉があり、実に見事です。





中世のガストロノミー

中世のガストロノミーに関するテレビ番組があったので入れておきます。


Moyen Age ~~ histoire de la gastronomie

再現して見せてくれるのは分かりやすくて良いのですが、何となくその通りだったのか疑ってしまう...。

パリにあるフランス国立図書館(Bnf)が開いた中世の美食をテーマにした展示会は充実したものだったようです。それをバーチャル・ヴィジットができる素晴らしいサイトが出来ていました。中世の絵画をふんだんに見せながら説明をしてくれます:
☆ BnF:Gastronomie médiévale - Expositions virtuelles


中世の食事は今日とはかなり異なる興味深い特徴が幾つかあるので、それについて続きで書きます。

続き:
その3 中世の食事 (2) 宴会でのテーブルの配置

シリーズ記事【フランスの食事の歴史】目次


ブログ内リンク:
★ 目次: フランスの祭日・年中行事について書いた日記
★ 目次: 食材と料理に関して書いた日記のピックアップ

外部リンク:
☆ BnF: Gastronomie médiévale - Expositions virtuelles
☆ Bibliothèque municipale de Dijon: Les cuisines du palais ducal
☆ Encyclopédie Larousse: Moyen Âge


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