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2010/04/20

シリーズ記事【シャンパーニュ地方旅行記(目次】 その6
余談


フランスで生活していて驚くことの一つに、古い建物を修復する情熱というのがあります。

すごいのですよ~。歴史的に価値があるお城などに財産をつぎ込んで修復・保存するというのは理解できるのですが、ただの民家でも、壁しかなくなった建物でも、元の状態に戻そうとする。

お金があれば業者にやらせれば良いわけですが、そうでない場合には休日や長期休暇を犠牲にして、せっせと自分ができる工事をしています。そんなことをしていたら、何十年続くのかも分からない。

フランスの古民家は、たいていは石を積み上げた家屋なので、ノミで石壁に穴をあけたり、削ったりという原始的な作業になるので大変です。電気も水道もない廃屋を、現代のフランスの標準レベルの快適さがある家(セントラルヒーティングで、バス・トイレも幾つもあるなど)にするには時間もお金もかかります。壊してしまって、新しい家を建てた方が安上がりなのは自明。

でも、フランス人たちは財産を投じて昔の姿にする! 日本だったらニュースになるところでしょうが、そんな話しは掃いて捨てるほどあるフランスなので、よほど大がかりな修復工事でなければニュースなどにはなりません。

この情熱って、どこからくるのだろう?…

普通の人だけではなくて、行政も、町ぐるみでも、古い建物を保存しようとします。フランスも戦争で破壊された北の地方に行くと、一見ふつうに見える教会などが、実は壁だけしか残っていなかったのを修復して元の姿にしていたのだ、と分かることがよくあります。


戦争で完全に破壊されたのに、元の姿を取り戻した町: ベルギーのイーペル

昔の姿にしよう、という度合いがすごい例を見て驚いたことがありました。

ベルギー西部のイーペルに行ったときのことです。
*地元で使われているオランダ語でIeper(イーペル)。フランス語でYpres(イープル)。ドイツ語だとYpern。

イーペルには美しい旧市街があります。ここは見事に戦争で破壊されたのを復興したのだと聞いて眺めると、石が少しきれいすぎるかな… と思う程度。

猫好き友達が、この町で3年に1度行われる猫祭りに行こうという友人たちに誘われていったのでした。Kattenstoet(キャット・パレード)、フランス語ではCortège des chatsと呼ばれます。3年毎に5月の第2日曜日に開かれる、おもちゃの猫と魔女による多彩なパレード。

Cortège des chats

良い席を確保しようと朝早く行ったら、日本人の団体さんの姿ばかりが見えました。どうやら前泊なさっていたご様子。

「ベルギー 猫祭り」をキーワードにして検索すると、たくさんの報告が出てきますので、どんなイベントなのかは省略させていただきます。

お土産好きの日本人がたくさんいるのですから、こういうところで猫グッズを売ったら商売になると思うのに、町が作っているらしいシンボルの黒猫ちゃんくらいしかありませんでした。猫ちゃんグッズって、色々あるのに...。

お土産屋さんに入ったとき、たくさん目に飛び込んでいるのは、戦争グッズ。

このイーペルの町では、第一次世界大戦のときに初めての毒ガスが使われた場所でもあったので(マスタードガズ、町の名前からイペリットとも呼ばれる)、大量の死者がでました。この町で戦死した人の数は忘れてしまいましたが、30万人? 遺族の人たちがたくさん訪れるのでしょうね。

それで、戦争関係のお土産物が並んでいたらしい…。

☆ Wikipedia: イーペル

第一次世界大戦が終わったとき、つまり1919年のイーペルの街並みの写真を見ると、いかに廃墟と化していたかが分かります。

Wikipediaの画像

それがみごとに昔の姿になっていたのでした。みごとです!


犠牲者のことは、忘れない...

イーペルの町に早く到着して、その晩に泊る宿を見つけたあと、猫パレードを待つまでの時間があったので少し散歩しました。町はずれに、戦死者の大きなモニュメント(Mémorial de la Porte de Menin)がありました。

内側にも外側にも、壁には恐ろしいほどたくさんの名前が刻まれていました。

Mémorial de la Porte de Menin

そんなのを見てしまったので、賑やかに始まった猫祭りも、なんだかセンチメンタルな気分で見学しました。

楽しいはずの猫に扮装した人のパレードなのですが、その背景になっている建物が戦争で破壊されたときのことを思い浮かべてしまったのです。たくさんの霊が空気に漂っているみたいで、そんな人たちを差し置いてお祭り騒ぎをしていて良いの?… という気分。

祭りの最後は、中世の風習に従ったもの。ぺエロが高い塔の上から猫をたくさん投げるという儀式(投げたのは縫いぐるみです!)に、みなが「こちらに投げろ」と呼びかけて盛り上がっていました。

その後、三々五々に散っていく人々の後ろで、こんなものが目に入りました。

市役所の壁に置かれていたお花です。

慰霊碑

一緒にいたフランスの友人たちが、写真の左に写っているプレートを読みます。

慰霊碑なのでした。写真は小さくしてしまったので見えないと思いますが、「イーペル地方を防衛するために命を落としたフランス人兵士に感謝する」と書かれてあります。

「フランスでもそうだから、ベルギーもそうなのだろう」と説明してくれた友人の言葉によれば、何か祭りをするときには、こんな風に、まず戦争慰霊碑に献花をするのだそうです。

今の町の繁栄は、あなた達のおかげだ、という感謝の証でしょうか? 祭りを見ていたとき、この町が戦火に燃えていた光景を思い浮かべてしまったのですが、そう考えるのは私だけではないのでしょうね…。

少し前からランス市に行ったときのことを書いているのですが、通りかかりに大きな戦死者墓地を見たりもしたので、イーペルに行ったときのことを思い出してしまいました。ランスの話しの続きを書く前に、その前置きとしてイーペル市のことを書いておきたくなりました。
★ 書きかけシリーズ: シャンパーニュ地方 ランスの街

日本では戦争のことを語る親戚の人などがいないので(語りたくないのかも知れない)、ヨーロッパでそれに触れるとズシンとしたものを感じてしまいます。半年ほど前には、ノルマンディー上陸作戦の地にも滞在してしまったし…。
★ 過去の日記: ノルマンディー旅行


参考:
第一次世界大戦 (別宮暖朗さんのサイト): 第1次イープルの戦い / 第2次イープルの戦い

ブログ内の関連記事:
★ 目次: 戦争に触れて書いた日記
★ 目次: フランス人の古民家を修復する情熱



- 続く -




カテゴリー: 建築物 | Comment (2) | Top
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コメント
この記事へのコメント
こんばんは! そうなのですよ Otiumさん、私もまったく同感です。 破壊された物を元通りにする、古い物を大切にする、という言葉以上にその執着というか、その気持ちに圧倒されます。
そして、この戦没者慰霊碑、こちらイタリアでも、どんな小さな村にも必ずあり、名前が刻んであります。 こんな事を知ると、我が祖国、日本人って一体なんだろう?と逆に考えるようになりました。

そして、ノルマンディーの記事、バイユーのタペストリーも拝見して来ました。 有難うございます!
これは凄い!! 中世の絵が好きなのは、絵の中に物語がある、何かを語っているからですが、このタぺストリーはまさにそうですね、美しいです。 何艘もの船が海を渡る場面、戦いの勇壮な場面、そして鳥や家畜が描かれている、素朴で何とも素晴らしいです。 次回のブログで紹介させて下さいね。
2010/04/22 | URL | shinkai  [ 編集 ]
v-22shinkaiさんへ

外国に住むと、日本を違った目で眺められるようになるのがとても興味深いですよね。

戦没者慰霊碑も、やたらに気になってしまうものの一つです。たとえ日本が狂気で戦争をしてしまったとしても(きれいな戦争というのはありえないと思うけど)、「祖国のために」と思って命を落とした人たちのことは祭ってあげるべきだと思います。日本では変に右翼的というのが出てしまって、普通の気持ちで戦没者のことを考えられないのが変だと思ってしまいます。

バイユーのタペストリーも気に入ってくださって嬉しいです。私は、イギリスに到着して敵が出てくるのを待ちながら、宴会をしている場面がとても気に入りました。この時代からフランス人は食いしん坊だった! 世界大戦を扱ったフランス映画を見ても、やはりどこかで食べ物にありついて大喜びで食べている場面が必ずと言って良いほどでてくるのです! ブログでご紹介くださるとのこと、ありがとうございます♪
2010/04/23 | URL | Otium  [ 編集 ]
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