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2010/12/16

シリーズ記事 【パリ滞在記 2010年冬(目次
その8
パリ発見 (1)


大都市パリにいると疲れるので、あまり行かないようにしています。それでもフランス歴が長くなると、パリの見るべき名所はすべて見てしまったと感じ始めます。

ところが、「もう何処も行くところはない」などとは言えない。パリには見るべきものがたくさんあるのですよね。こんな博物館に行っても仕方がないと思いながら入ったときでさえ、感激するほど展示が充実していることもよくあります。

そして、小さな発見をするのも楽しい。今回の旅行でも、幾つか小さな発見をしました。

*今日書く発見は、以前にも目に止めていたことがあったような気がしないでもありません。それで、今度は忘れないようにメモしておくことにしました。


フランス革命で破壊されたバスティーユ城

フランス革命勃発のシンボルとなっているバスティーユ襲撃(Prise de la Bastille)

それが1789年7月14日(火)だったので、フランスでは7月14日が革命記念日として祭日になっています。


Prise de la Bastille, Jean-Pierre Houël

このバスティーユ城(Château de la BastilleあるいはForteresse de la Bastille)は、日本語では「牢獄」と呼ぶのが普通のようですね。Wikipediaでも「バスティーユ牢獄」という言葉を使っていました。

牢獄のために建てられた建造物ではなくて、中世に建てられた要塞としての城が、後に牢獄として使われるようになったのでした。中世の城は窓が小さいので、牢獄には適していたでしょうね。

バスティーユの牢獄には、特権階級の囚人(貴族、上位のブルジョワ階級)を入れることが多かったようです。有名な囚人は、サド侯爵(5年半)、ヴォルテール(11カ月)。

部屋は広いし、天井も高い。ご馳走も食べられるし、家具を入れ、召使いも控えさせることができる。特に優遇された貴族の囚人なら、お客様を接待してお食事を楽しんだりもできる。

ちょっと想像しにくい優雅な囚人生活。とはいっても監獄ですから、鉄格子はあるし、拷問もおこなわれる...。

でも、革命軍がバスティーユ城を襲撃した日には、囚人は7人しかいなかったのでした。精神病者2名、贋金づくり4名、身持ちが悪いために家族の要請で逮捕された貴族1名。彼らを解放することが革命の意義だとしたら、少し滑稽です!

民衆はこの城が圧制の象徴と信じて襲撃に加わったのでしょうけれど、本当の目的はこの城に保管された火薬だったのだろうと言われています。そういう説が出たり、フランス革命はブルジョワ革命だと烙印を押したのは、比較的最近ではなかったでしたっけ?


広場となったバスティーユ

バスティーユ城郭は、襲撃直後から破壊が始まって、石材として売られてしまいました。今では大きな広場になっています。

革命精神の象徴になっているので、パリでデモが行われるときは、出発点になるか、終着点になるかすることが多いです。従って、デモがあるというニュースを聞いたら、まず行くのは避ける場所になります!

近代的なコンサートホール(オペラ・バスティーユ)は、ここに作られました。見るたびに、もう少し美しい建物にできなかったのかと不満を感じますが...。

でも、ここのオープニング・コンサートが当日になってストで中止されたおかげで、私はチケットを手に入れることができたという思い出があります。

ちなみに、上演されたのはベルリオーズのオペラ『トロイアの人々』。

余りにも巨大なオペラなので費用がかかりすぎるため、めったに上演されない作品なので、よけいにラッキーでした。



バスティーユ広場の近くには友人が住む家もあるので、比較的よく行きます。この広場を見るたびに、城が残っていたら美しかっただろうなと思って想像してしまいます...。


La forteresse de la Bastille (1740年)

フランス各地で破壊行動をした革命。フランス革命がなかったら、フランスはイタリアと同じくらいに歴史的建造物の宝庫となっていたでしょうに...。


バスティーユ城の跡

東京では見かけないのですが、フランスでは昔あった建物の場所を地面に印していることが多いです。パリなどは、よく見て回ったらかなり面白いのではないでしょうか?

バスティーユ広場の地面にも、城の輪郭が印されています。

でも、今回の旅行で目にとまったのは、1階がカフェになっている建物の外壁に城の形を示す石碑があったことでした。



黄色い矢印を入れたのは、バスティーユ広場の地面に示されている城の塔があった輪郭線です。


歴史とは全く関係なく、今回の旅行でバスティーユ広場を通ったときに面白いものを目撃したものを日記にしたかったのですが、そのイントロとして書いてしまいました。

バスティーユ城の輪郭の形を見たので、昔の姿を見せる版画を探し出したかったのが脱線した理由の一つ。

それと、広場を通ったあと、通りかかったところにあったバスティーユ牢獄に関する展示会(2011年2月11日まで開催、入場無料)を見たので、興味が出て調べたくなったせいもありました。
☆ 展示会情報: BnF - Exposition - La Bastille ou « l'enfer des vivants »



バスティーユの歴史に関する情報:
☆ L'Histoire en Ligne:
Quartier de la Bastille
☆ Encyclopédie gratuite Imago Mundi:
La Bastille
☆ Wikipédia:
Bastille (Paris)
☆ Wikipédia:
Prise de la Bastille


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