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2008/08/04
誰だったか忘れたのですが、小説のネタを探すためにカフェに座って人の話しを聞いているという作家がいました。

カフェとかレストランとかホテルに勤めていたら、色々な人生があるのが見えてくるのではないでしょうか?

そう思ったのは、先日。レストランで食事したときでした。


グルメレストラン

最近お気に入りにしたレストランです。洗練された料理を出してくれるのです。
ちなみに、この日に私が気に入ったのは、前菜のエスカルゴ料理でした ↓

ジロルというキノコが使われていて、こんがり焼いたベーコンのスライスが乗せられたエスカルゴのカソレット

レストランは川のほとりにあります。涼しい風が吹いてくるのが心地良い日でした。

手前のテーブルに座る人がいると視界が遮られると思ったのですが、幸いにも誰も来ませんでした。

川の方を眺めると見えたのは、3人が座っていたテーブル。

ソーヌ川沿いのレストラン

会話は全く聞こえてこなかったので、どんな家族なのか分かりません。

デザートのときになったらプレゼントらしきものが出てきたので、夫妻がお祖父さんの誕生祝いの食事をしていたのだと分かりました。お祝いをするなら、あのレストラン! と、地元では評判があるところなのだと思います。

盛り上がった様子もないので、なんとなく奇妙でした・・・。でも、高級レストランではヒソヒソとおしゃべりするのがマナーですから、普通の家族だったのかも知れません。

でも、最近伴侶を失ったおじいさんを慰める食事だったのかも知れないとも感じてしまいました・・・。

それは良いとして、気になってしまった女の子がいました。


レストランで退屈していた女の子

食事していた人たちはみな川沿いにあるテラスの部分にいたので、レストランの建物の中はガランとしていました。

ふと振り返ると、女の子がカーペットに座っています。

ここで寝てしまおうかな?・・・ と迷っている様子。

一緒に来ていた大人たちが長々と食事している間、退屈してしまったらしい。カーペットに寝そべっている姿が可愛いしぐさだったので、プロのカメラマンなら写真に収めるだろうな・・・ と思って眺めてしまいました。

もう一つのテーブルで食事しているグループがあって、彼女はそのご一行の子どもらしい。

フランスの子どもの躾はとても厳しくて、レストランでは、連れて来られた犬と同じくらいおとなしくしています。犬の方はテーブルの下にうずくまって寝ていれば良いのですが、子どもの方はかわいそう・・・。

もっとも、フランスも最近は少子化のせいで甘やかされて、伝統的な躾を受けていない子どもが出てきました。レストランで大声をだしたり騒いでいる子どもまで見かけるようになったのですが、そういう光景は10年くらい前までは絶対に見かけなかったように思います。

でも、この女の子は良家の子らしくて、ひたすらレストランで耐えている様子でした。

女の子のグループには他には子どもがいなくて、遊ぶ相手もいません。退屈してもお相手がいないのですから、かわいそうではないですか?

そういうのを見ると、同情してしまうのです。私が遊んであげたくなりましたが、遠慮しました・・・。

そのうち、女の子は私の視界から消えました。


誕生祝いの食事だった

女の子が呼ばれているのが聞こえてきました。

バースデーケーキが運ばれてきたのです。
彼女のお誕生日のために集まっていたグループだったのだ、と分かりました・・・。

ロウソクは5本立っていたので、彼女は5歳になったらしい

この写真を初めに入れたら、幸せな女の子をレストランで見かけた、ということを書くための写真だと思われませんか?

突然、主役になった女の子!

でも、です・・・。
私は、ひどいじゃない?! と憤慨してしまいました。

彼女の誕生祝いなら、もっとかまってあげたって良かったではないですか? これでは、彼女をダシにして大人たちが楽しむためにレストランで食事していたみたいに見えてしまいます!・・・

せめて、子ども同士でおしゃべりができるように、仲良しの友達の一人も呼んであげて欲しかった・・・。

でも、彼女は嬉しそうにロウソクの火を吹き消し始めました。

大人たちは写真をとることに熱心で、彼女が吹き消したロウソクにまた火を付けたりして写真を撮り直しているので、少し腹がたちました。

でも、賑やかで、幸せそうな、どこでも見るバースデーの雰囲気になりました。

それで、フランスのあらゆる場面を写真にとっておきたい私は、どさくさにまぎれて写真をとってしまったのです。あちらに笑顔を向けたら笑顔を返してくれたので、撮影OKサインと受取りました。

私が女の子を退屈させている家族たちだ、と批判の目で見ていたのは知らないわけですから、誇らしげな笑顔を返してくれました!


プレゼントをもらって泣きだした

ところが・・・。

みんながプレゼントをテーブルの上に出したとき・・・。

一つめのプレゼントを見た女の子は、「ジョジョ・・・!」と言って泣き声を発しました。

ジョジョというのは愛称です。可愛がっていたのに死んでしまった犬か猫の名前だったのだろうと思いました。ジョジョからのプレゼント、などとするアイディアを思いついた大人がいたのでしょう・・・。

子どもは天真爛漫、単純であって、だましが通用すると思っている大人がいるのですよね。

でも、私の幼稚園時代を思い出すと、子どもだから単純だという精神構造には全くなっていなかったです。子どもだからとバカにされている(いってみれば子ども扱いにされている)と思いながらも、子どもらしい幼稚な反応を無理にしていたのを覚えています。

だから、私が小さな子どもと付き合うときは、大人と同じ感情を持っているのを前提にして話しています。私が大人になっていないだけなのかも知れませんけれど・・・。


主役が消えてしまった

女の子は姿を消しました。

しばらく戻ってこないので、トイレに行ったのだろうと想像しました。

私がそのグループの一人だったら、追いかけて行って、胸に抱きしめて慰めたと思うのですが、テーブルでは動く人がいません。

グループの中には母親か父親、あるいはその両方がいたはずなのに、誰も動かない・・・。

バースデーケーキは切り分けられて、それ以外のデザートを添えた皿がグループの人たちに配られました。

大人たちは手をつけずに、主役が戻ってくるまで待っている様子。

かなり時間がたってから、女の子は戻ってきました。目が赤くはれていました。

5歳の子にしては驚くほどけなげに・・・ 何事もなかったような顔で、大人たちのいるテーブルに座りました。

みんなも、何事もなかったような態度。


なんだか暗い気持ちになってしまった・・・

彼女はプレゼントを開け始めます。

ジョジョと書いてあったらしいパッケージから始まったのですが、梱包を開けるというよりは、紙を小さくむしるという感じで破いて開けていました。それの中身はさっと見ただけ。

他のプレゼントを次々と開け始めました。

素敵なプレゼントでしょう?! という感じで見守る大人たち・・・。

プレゼントの開封が全部終ってデザートを食べ始めた後、大人たちは言葉少なになっていました。

そのしんみりした雰囲気が過ぎるまでは、かなり時間がかかりました。それで、ひょっとして、ジョジョというのは、彼女の亡くなった兄弟かパパだったのかとも思いました。

それにしても、満ち足りた生活をしているように見える可愛らしい女の子が、なんだか不幸をしょって生きているように見えてしまいました。

ジョジョを失ったから可愛そうというではなくて、彼女の気持ちが大人たちには無視されていたを見て、私は心を痛めてしまったのでした・・・。

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コメント
この記事へのコメント
なんだかホントにドラマを感じさせる出来事ですね。
ここまで観察してしまったら、お食事がおろそかになったのでは…(それはそれで、きっと楽しんだだろうとは思いつつ)。
しかし、この状況では確かに、まわりの大人たちは思いやりがちょっと足りない風に見えますね~。
女の子が、健やかに成長することを願うばかりです。
(仮にまわりの大人には期待できないとしても)いいお友達がいるといいなぁ。
2008/08/05 | URL | すぎちゃん  [ 編集 ]
v-22すぎちゃんへ

カーペットに寝転がった姿を見てからは、女の子がどうなったか気になって、目で追ってしまいました。私の食事は、ただ昼食をどこかでするという目的だけで行ったので、食事に専念しなくても良かったのでした。

親というのは、特に母親は、子どもを愛おしく思うものだ、という常識があるのですが、そうでもない家庭があるので、子どもに同情してしまう傾向にある私です。

この女の子は、気丈で、賢そうな子に見えました。悲劇的なレベルではない家庭でないことを願ってしまいます。
2008/08/05 | URL | Otium  [ 編集 ]
親子のあり方
もしかして、けっこう普通の家庭かもしれませんね。
ものの本で読むだけですが、欧米では、日本に比べて、子どもが甘やかされていない、あるいは、だいじにされてはいない、ときいたことがあります。
イギリスで児童文学、それもファンタジーが発達しているのは、一人で長い時間を過ごす子どもが多かったから、とか。

日本では、子どもが生まれると、家庭はほぼ子ども中心になり、特に母親は、「妻」であるよりも、まず「お母さん」になってしまいます。
フランスではそういうことはないし、また、母乳信仰や、O歳児神話(子どもがO歳になるまでは家庭で育てるべき、という観念。日本では3歳児神話、スウェーデンでは1歳児神話、ときいたことがあります)がなくて、子どもを預けることに抵抗がないのもフランスの特長とか。

この一つ前の記事もですけれど、フランスでは子どもに対する親の態度は、日本よりもきっとずっと「ドライ」なんだろうなと思います。

良くも悪くも「ウェット」な日本、東京のここ数日は、湿度90%弱とかいうおそるべき蒸し暑さでした。
2008/08/05 | URL | Saule  [ 編集 ]
Re: 親子のあり方
v-22Sauleさんへ

フランス人が見たら、普通の光景だったかも知れませんね。でも、子どもの仲間を一人も呼ばないで、気取ったレストランなんかでお祝いをしたのは、少し異常だと思いました。子どもは、そんなところに連れて行ってもらっても嬉しくもないはずですから。それと、誰が親なのか全く見えてこないのも変でした・・・。先日のルモンド紙に、日本の離婚後の子どもの扱い方を問題提起した記事があり(時間があったら紹介したいと思っています)、子どもの立場について考えてしまっていたので書いた記事でした。

フランス人と躾の話しをしたとき、イギリスの方がもっとすごい、という人がありました。イギリスに住む友人の家に到着して、持って行ったシャンパンの段ボール箱を地下室に入れたそうです。ところが大変な寒さの日だったので、夜もふけてきたらシャンパンが凍って破裂してしまうのではないかと心配になって、地下室に様子を見に行ったそうです。すると、暗闇の中から子どもたちがヌーッと顔を出したので、飛び上がってしまった。つまり、シャンパンが凍るかも知れない場所に、大人の邪魔をしないように子どもたちが閉じ込められていた、というお話し。イギリスの方がフランスより厳しいよ! という主張でした。フランスだと、子どもたちは早々と食事をすまさせて、寝巻き姿で到着した来客たちに「おやすみなさい」の挨拶をさせるのが普通ですから。

フランス以上に子どもの躾が厳しい国があるというのは信じられませんが、ヨーロッパの親子というのはドライなのでしょうね。そういうことになっていれば、そんなもんだ、と思えて、心を傷めることも少ないと思います。日本で可愛がられていない子の方が、よその家ではああなのに・・・ と思って、不幸に感じるかも知れません。

>子どもを預けることに抵抗がないのもフランスの特長とか。

幼児の死亡率が高かった昔のフランスでは、貴族などはどんどん子どもを生んで田舎の乳母に預ける。ある程度まで成長して戻ってきたら、「自分の子どもだ」として愛情を持つようになるのだ、と読んだことがあります。合理的!

乳母に預けるというフランスの伝統は、色々なところで残っているように感じます。小学校と同じように朝から夕方まで授業がある「母親学校」と呼ばれる幼稚園に、2歳から入ってしまっている子などを見ると、けなげだな・・・ と感心してしまいます。大都会だったら2歳児だけでクラスができるのでしょうが、田舎では大きな子たちに混ざっているのですから、日本の2歳児だったら絶対に耐えられないだろうと思う!

フランスは少子化で変化が現れてはいますが、大人中心の社会は残っていますね。日本の子どもは自分たちに特権があるのが分かっているから、「大人になりたくない」と思っていると聞いたことがあります。フランスの子どもたちは、みんな「早く大人になりたい!」と言っています。いずれ大人になってしまうのですから、「早く大人になりたい」と願って生きている方が幸せかも知れない・・・。

ドライというのは、冷たい仕打ちをするというのではなければ、良さの方が大きいと思います。でも、フランスの知識人たちを見ると、マザコンと呼んでしまえる人たちが大きな業績を残している例が多いので興味深いです。

実は、家族問題にお詳しいSauleさんと、子育て真っ最中のすぎちゃんがコメントを入れてくださるのを期待しておりました。ありがとうございます♪
2008/08/05 | URL | Otium  [ 編集 ]
知識人
母親の圧倒的な影響を受けた人、としてはロマン・ロランをすぐに思い浮かべましたけれど、それと一緒に、父親の圧倒的な影響を受けたマルグリット・ユルスナールも。ベルギー生まれの人ですが、女性で初めてアカデミー・フランセーズに入った人ですよね。
他にどういう人がいるのでしょうね。親、それも、異性の親から細やかな愛情や刺激を受けることは、大きな意味があるということでしょうか。
2008/08/06 | URL | Saule  [ 編集 ]
ヨーロッパと日本の親子関係
お久しぶりです。
とても興味深く読ませていただきました。
欧米、特にヨーロッパと日本や韓国の親子関係は全く正反対ですよ。

私は世界各国から留学生のホームステイの受け入れをしているのですけど、学生たちを見ると顕著です。
というのも、日本や韓国では母親が身の回りの世話殆どすべてしてきているので、基本的に何もできないです。自立できていないんです。
他のホストマザーから聞く話も、20歳になってもお袋の味が恋しいと毎晩泣く学生も一人や二人ではないそうです。
親離れ、子離れできていない証拠ですよね。
日本は親離れ、子離れする時期が遅いように思います。結婚するまでとか、今では結婚してもできないとか。

方や欧米では早くから親離れ子離れできていますよね。早すぎると思うケースも多いのが問題ですけど。子供を甘やかさないですよね。

ヨーロッパからの学生はみんな自立していて、精神的にも大人だと感じます。先日ホームステイしたよーロパからの高校生達は日本や韓国の大学生よりはるかにしっかりしていました。

でも子供のある程度の年齢までは親(大人)が十分の愛情を注いであげるべきだと私も思います。豊かな情緒を育てるためにも。
日本とヨーロッパの中間くらいがいいのではないでしょうか、個人的にはそう思います。

記事に書かれてた5歳の女の子が泣いてトイレに駆け込んだ時のフォロー、私もOtiumさんと同じ様に感じました。

2008/08/07 | URL | cherry  [ 編集 ]
Re: 知識人
v-22Sauleさんへ

むかしフランス文学を勉強していたころ、「ええ、この人も?!」というくらいcomplexe d'Œdipeだと先生が言っていたのが記憶に残っているのです。誰がいたかの記憶は定かではありません。サルトルもそうだと言われていた・・・。そもそも、日本の先生たちは、そういう分析をするのが好きなのではないかな?・・・ でも、親から過度の愛情を受ける方が大きな仕事ができるのではないか、と感じていました。

就職してから、マザコンとはこういうのを言うのかと思うフランス人男性を上司に持って、すさまじいな~ 怖いな・・・ と感心しました。母親も息子も、回りの中傷に対して、そういう絆を隠そうともしないのです。

でも、笑ってしまったエピソードがありました。そのママが、日本からフランスに帰るときに行く空港で、息子がサヨナラの挨拶で抱きしめるのを許してくれないとぼやいていたのでした。日本ではそういうことを人前でしてはいけないのだ、と息子が言うのですって! そういえば、私もこの上司とはキスの挨拶をしたことは一度もなかったですね。

マルグリット・ユルスナール、良いですね・・・。映画で見た『黒の過程』は強烈な印象で残っています。
2008/08/07 | URL | Otium  [ 編集 ]
Re: ヨーロッパと日本の親子関係
v-22cherryさんへ

こんにちわ♪ cherryさんのBlog(http://cherry5australia.blog62.fc2.com/)には、国民性の比較がでてくるので、とても興味深く読んでいます。

>ヨーロッパからの学生はみんな自立していて、精神的にも大人だと感じます。

ここを読んでくださる方のために、次のページへのリンクを張らせてくださいね。
http://cherry5australia.blog62.fc2.com/blog-entry-117.html

フランスでは、高校生くらいになった子は、親からは一個の人間と認められている感じがしますね。

>子供のある程度の年齢までは親(大人)が十分の愛情を注いであげるべきだと私も思います。豊かな情緒を育てるためにも。
日本とヨーロッパの中間くらいがいいのではないでしょうか、個人的にはそう思います。


私もそう思います。でも、一番危険なのは、日本人が一部だけ欧米式の育て方をしてしまうことではないでしょうか? フランスでは、子どもを叱るときは凄まじくて、私だったら自殺したくなるような辛辣なこともされていますが、可愛がるときはベタベタに愛情表現しています。このバランスがなくて、ベタベタした愛情表現をしないで、叱るときだけ怖い親になるのは子どもには可哀そうだと思います。

日本でもフランスでも同じですが、親だからといって子どもに愛情を持っているとは限らない。そういう子たちを見ると、気になってしまいます・・・。

cherryさんのブログ、こちらも興味深かったのでURLを控えておきます:

☆13歳の留学生のホームステイ受け入れ:
  http://cherry5australia.blog62.fc2.com/blog-entry-91.html

☆5歳児の短期留学:
  http://cherry5australia.blog62.fc2.com/blog-entry-92.html
2008/08/07 | URL | Otium  [ 編集 ]
Cherryさんのブログ、面白く拝見しました。

よその国に行って、自分の判断で行動でき、その経験から何か受け取ってこられるためには、自分の国での安定した思考・行動経験が前提になると思いますね。

グローバリゼーションと言いますけれど、その中で自立して生き抜いてゆくには、自分の根(思考・判断・行動基準)をきちんと持っていることが大切だろうと思います。そのためには、まず、自国語でできるだけ早いきちんとした教育が有効だろうと思いますのに、来年から日本の小学校では、英語が導入されるとか。

中学での導入と小学校での導入、って時期の早い遅いだけではないと思いますけれどね。中学生には、日本語でのきちんとした説明ができるけれど、小学生は、日本語でさえまだなのに、普段の生活では全く必要でない(ですので、リアリティもない)英語をやらされるわけです。日本の文部科学省って何を考えてるのやら・・・。

あと、ル・モンドの29日の記事、見ました。面白かったです。日本の離婚て泥沼ですからね。でも、親権を争うなら良い方。今は、どっちの親も子どもなんかほしくなくて、押し付けあう、というすごい話もけっこうあるんですよ。
2008/08/07 | URL | Saule  [ 編集 ]
v-22Sauleさんへ

Cherryさんのブログ、読んでくださいましたか。興味深いでしょう?

グローバリゼーションとか言いますけれど、自己を確立していることが一番大事だと、私も思います。マナーなどが国によって違うのは問題ではなくて、自分の国でまともな行動ができる人だったら、行く先の国のマナーなんか知らなくても問題は発生しないだろうと思っています。その点、日本人って、自己がフワフワしているのだろうなと思うことがあります。フランスで日本人のお世話をすることがよくあるのですが、国が変わってしまうと、本来のその人らしさがなくなってしまう人がいます。恐ろしく自分勝手になったりしまって、フランス人を怒らせるようなことをしたり・・・。その点、日本でフランス人を世話するときには、これだけ知らない文化の国に入ってしまったのにパニックにならなくて、その人らしさは変わらないな、と感じます。

フランスでも小学校から英語を教えるようになったし、語学教育が昔よりなおざりにされて、子どもたちのフランス語が乱れているのを嘆く人たちがいます。でも、同じ言語体系ですものね・・・。それでなくても日本語は難しいので、英語で混乱しないのかと心配しますね。私などは大学生になってから仏語を勉強しましたが、それでも英語も日本語もメチャメチャになったと感じました。つくづく、英語圏の人たちはラッキーだと思います。

ルモンドの記事、見つけてくださったのですね。親が子どもを引き取らないというのは、日本の友達関係で目撃しました。ルモンドの記事では「誘拐」という言葉を使っているのが面白かったです。ドイツも日本と同じ制度のようで、何年か前、別れたドイツ人の夫が子どもをフランスに遊びに来させないで、やはり「誘拐」という言葉を使って裁判沙汰をおこしているニュースがあったのを思い出しました。
2008/08/07 | URL | Otium  [ 編集 ]
いつのまにか、ものすごく盛り上がってますね~。
私もcherryさんのブログをのぞいてきました。
書き込まれるコメントも合わせて、読み応えのあるページでした。

私は子ども(まだ2歳半)をこう育てよう、ああ育てようとか、あまり具体的には考えてないのですが、自分で考えて自分で判断したり取捨選択できるような人になってほしいなーと思います。人に流されるだけで軸のないような人間になってほしくないのです。

それができてくれれば、海の向こうへ勉強しに行くもよし、そうでなくてもよし。大学も、行ってもいいけど別に無理して行かなくてもよし。今のところは、そんな風に思っています。そのうち変わるかもしれないけど…。
2008/08/10 | URL | すぎちゃん  [ 編集 ]
v-22すぎちゃんへ

「子どもには旅をさせよ」という言葉がありますが、幼いときに余りに文化圏が違うところに入れるのは酷だと思っています。父親の仕事の関係で東京から九州に移り住んで帰って来た女の子が、九州の学校では言葉が違うと仲間はずれにされて不幸だったという話しを聞いて、気の毒に思ったことがありました。そのくらいの環境の違いでも傷つく子どももいるわけで、厚かましさがない子が言葉が全く違うところに放り込まれたらどうなるのか?・・・ cherryさんが取りあげていらした例は、海外留学させるくらいの経済的余裕があって良い家庭だとは思いませんでした。

正直言って、すぎちゃんがそんなにお子さんに愛情を注いでしまって良いのかとも思ってしまうことがあります。フランスにいると、Sauleさんが表現されたように「ドライ」な親子関係も良いかな、と思うようになったので。

でも、すぎちゃんは、それでいながら、全くご自分を失っていらっしゃない。そこがすごい!! 誰にでもできることではないです。そういうお母さんを持っていれば、お子さんも、しっかりと大地に足をつけて、ちゃんと自己を持つ子に育つと確信しています。

生きるのは辛いことなのですから、せめて母親くらいは両手でしっかり抱きしめてくれていないと、正常な精神は発達しないと思っています。これは、屋根のの上にでも登って叫びたい主張です。

フランスに来てから知り合ったお家の女の子が、一人っ子なのに、お母さんから愛されていないので(夫婦関係が問題だったらしい)、とても胸を痛めました。早熟で、おしゃまで、天才的に賢い子だったのに、大学に行くころになったら、自信喪失で、内気で、学校の成績も悪い子になっていたのでショックを受けました・・・。
2008/08/10 | URL | Otium  [ 編集 ]
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