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2006/03/21
前々から「なぜだろう?」と思うことの一つに、『最後の授業』という文学作品があります。

最後の授業

3月18日のブログに書いた『三匹の子ぶた』がフランスでも知られていると聞いて、この『最後の授業』の方は、フランスでは全く知られていないことを思い出しました。


◆ ドーデ著『最後の授業』は、本国フランスでは知られていない

アルフォンス・ドーデの短編小説集『月曜物語(Les Contes du Lundi 1873年)』の1編で、「最後の授業」は、フランスとドイツの間を翻弄したアルザス地方のお話しです。ドイツに占領されて、明日からはフランス語が勉強できなくなってしまう、というストーリー。

私がアルザス旅行したときには、聞こえてくる言葉も景色もドイツ文化そのものと言いたくなってしまう異質な土地に感じたのですが、住民たちはフランスに属していることを非常に誇りとしているのだそうです。

.. ということをふまえると、よけいに感動してしまうお話しです。

あらすじを説明するまでもなく、この物語はほとんどの日本人が知っているのではないでしょうか?

ところが、フランス人たちは全く知らないのです。作者のドーデは、フランスではよく知られた作家であるにも係わらず!

「フランスばんざい!」と黒板に書いて授業を終えたアメル先生...。

日本人以上にフランス人に喜ばれそうな内容ではないですか? それなのに、普通のフランス人は知らないと言います。文学作品を読む人でも、『月曜物語』の名前は知っているけれど、「最後の授業」は知らないと答えていました。

「最後の授業」が発表されたのは、フランスが普仏戦争(1870~71年)に敗北してアルザス=ロレーヌ地方を失うという屈辱を味わって間もなくに発表された作品。ここから一気に、フランスは奪回するための危険な道を歩くようになりました。

当時のアルザス地方の人たちにとって、母国語はドイツ語に近いアルザス語でした。それを知っているフランス人たちには、「フランスばんざい」とフランス語の先生が言ったことで感動させようというのは白々しいお話し? 「最後の授業」は領地を奪回するためのプロパガンダ的な作品だったとして白々しく思うのかもしれません。


フランス語でテキストを紹介しているサイトがありました:
Contes du lundi - La Bibliothèque électronique du Québec

これで全文でしょうか?  今読み直してみると、完璧なほど一字一句覚えているので驚きました。つまり、それほど私は学校で印象つけたれていたらしい!

ところで、今でも日本の教科書には登場しているのだろうかという疑問を持ちました。

何か分かるだろうか?... とインターネットで検索してみたら、幾つか、かなりつっこんだ研究結果が出てきました。

私の疑問に答えてくださったのは、川那部保明教授 (筑波大学人文社会科学研究科)の講演。

20年前に、日本の学校では『最後の授業』が最後になっていたのでした。

「第二次大戦前から尾崎紅葉、鈴木三重吉、桜田佐等の翻訳をとおして親しまれてきたこの短編は、第二次大戦後も(おそらく「最後の授業」が書かれるきっかけとなった普仏戦争1870-71におけるフランスの敗戦という共通点もあって)、たいへん多く読まれてきた。とりわけ、1958年の文部省による学習指導要領の改訂にともない、「国語科」の第4項「言葉のはたらきを理解させて、国語に対する関心や自覚を深め、国語を尊重する態度や習慣を養う」(中村121)に沿った教材として、小・中・高の教科書に数多く掲載されてきた。そしてそれが、蓮見重彦や田中克彦による批判をうけ、現場の教師たちの間での議論を経たあと、1986年から一斉に、学校教科書から姿を消した」

☆出所: 『パリ・アルザス・プロヴァンス ―アルフォンス・ドーデ『最後の授業』の問題域』概要


◆ジャン=ジャック・ルソーは「自然に還れ」とは言っていない

こういう頭の隅で気になってしまう疑問の回答を見つけるには、インターネットを使っていなかった時代には長い時間がかかりました。

その一つの例は、ジャン=ジャック・ルソーの言葉。

日本では「自然に還れ」とか「自然への回帰」とかいう言葉でルソーの哲学を表現されるのですが、これをフランス語に訳してフランス人に言うと、全く通じない。

実際のルソーは、そういう言葉を使ったことがなかった、というのは作品をシラミつぶしに読めば分かるとしても、どうして日本ではそう言われるのかは簡単には調べられません。

持ち続けた疑問を忘れてしまいそうな頃に、答えを教えてくれる本に出会いました。

小林義彦著『フランスの知恵と発想』白水社, 1987年

私と同じようにフランスにはこの表現がないことに疑問を感じた小林氏が、この疑問を突き止めていらしたのです。この本に出会ったときには感激しました!

つまりは、戦後の日本の教科書で、「自然にかえれ」という言い方が定着したようです。私はもろにその影響を受けていたのでした。

読書メモからコピーしておきます。

* ルソーの研究書のなかでもっとも読まれているのは桑原武夫編の『ルソー』(岩波新書)。初版の昭和33年から昭和60年までに29回版を重ねている。その中で、「『自然にかえれ』というのはルソーのもっとも有名なことば。

* 現在発行されている世界史の参考書を調べると(教科書より記述が詳しいだろうと思って)、10種類のうち「ルソーは自然に帰れと主張した」という文章がなかったのは1冊だけ。過去の教科書を調べると、戦後に「自然にかえれ」という言葉が使われることが多くなった。

* 戦前の昭和期(20年間)では、筆者が入手した9種類の世界史の教科書で「自然に還れ」という言葉が出てくるのは1種のみ。当時の西洋史の大家であった大類伸が著者の教科書には「ルソーは『民約論』を著して、自由平等を鼓吹し、文明の弊を痛罵して止まず、「自然に還れ」と絶叫して、時世に一大警告を与へた(昭8)」とある。しかし大類博士が大正5年に出した西洋史教科書には「自然に還れ」の言葉はない。戦後の教科書ではルソーに批判的な記述は全くない。明治大正期の教科書は基本的には反ルソーの立場に立っているので「自然にかえれ」というような、いい加減な表現を使っていない。



◆なぜ日本人はマスクをかけるのか?

逆に、日本の姿がステレオタイプで固まったという例もフランスにあります。

日本人はなぜマスクをかけるかの問題も、長いこと気になってしまっていました。

マスクをかけていると異常に見えるらしいというのが前提。

それは良いとしても、日本人は公害から身を守るためにマスクをかけていると思われている。

思ったって勝手ですが、日本人の私に対して「そうなのよ」などと断言するのですからたまりません!

「マスクをかけるのは風邪を他人にうつさないためで」と説明しても、信じてくれる人と、全く信じない人とに別れます。


日本人がマスクをかけるのは公害から身を守るためだ、と彼らは信じているのか?... と疑問に思ってしまうのも無理はありません。

これもインターネットがない時代に持った疑問だったので、知人とその話題が出たときに聞き込みをしていくしかありませんでした。

結局、日本人は大気汚染から身を守るためにマスクをする、というのが、フランスの教科書に出てくるらしいと分かりました。たぶん、どの教科書にもそうなっているのでしょうね。フランス人たちのことごとくがそう言うのですから!

だいたい、他人に風邪をうつさないために、マスクまでするというのは、フランス人には理解できないのかも知れません。

風邪をひいているときには、抱き合ってする挨拶をする場面で、「風邪をひいているからキスはしない」と言うくらいしかフランス人は気をつかいませんから!

ブログ内リンク:
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情報リンク:
アルザスにおける言語の現状とその地域性
アルフォンス・ドーデ「最後の授業」の問題域: 「市民」と「人間」=「ひと」のあいだ
☆ 世界の中の日本: 争奪の地、アルザス・ロレーヌ地方の今 国境と国益
ドーデの短編小説「最後の授業」
「最後の授業」と、ナショナリズム
フランスの言語政策とCECR(欧州言語共通参照枠)
「13歳からの道徳教科書」の話(3)~「最後の授業」は道徳教材に適切か?
教科書に安倍首相の写真が15枚も! 政権お墨付き育鵬社の“歴史修正、改憲誘導”教科書が公立中学で採択続々 2015.08.18


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コメント
この記事へのコメント
「最後の授業」
学校の教科書で習いました。その時に、「フランス語はきれいな言葉なんだ~」って思ったことを覚えています。20年前に教科書から姿を消したんですね。残念。

日本人のマスクが、フランスでそんな風に思われているなんて知りませんでした。

とにかく、日本のように外出時にはマスクはしないように。。と在仏の日本人の方から言われていて「風邪をうつしたらどうしよう」って真っ先に思ったのは、やはり日本での生活習慣ですよね。

今じゃ、花粉対策にマスクをかけているかも知れませんが、公害から身を守るためじゃないですよね~。
2006/03/21 | URL | pepe犬  [ 編集 ]
アルザス
この「最後の授業」のことはきいたことがあります。フランスでは日本でのように「感動物語」として有名ではない、って。



ところで、全然別のことなんですが、ザウアークラウトとシュークルート、って独仏どっちが本場なんでしょう。アルザス、ってきくとそんなことを考えるわたしです。



あと、別件、ジャン・マレエ、わたしはああいうシブいシニア(わたしにとっては)、大好きなの!明日も、バカ高いお金(これは腹が立つけれど)を払って、シブいシニアを東京ドームに見に行くの。ローリング・ストーンズです。たぶん、Bさんと全然好みが違いますよね!
2006/03/21 | URL | Saule  [ 編集 ]
【Re】pepe犬さんへ
>学校の教科書で習いました。その時に、「フランス語はきれいな言葉なんだ~」って思ったことを覚えています。20年前に教科書から姿を消したんですね。残念。



⇒ 『最後の授業』の背景には何があるかというのを日本人が研究していらっしゃいますが、複雑に考えなくても、この話しは学校の教科書にとてもふさわしいと思いました。言葉に対する愛情、それからサボっていないで勉強できるときにしておきなさいという教訓・・・。



>日本人のマスクが、フランスでそんな風に思われているなんて知りませんでした。



⇒ 意外です。テレビや映画なんかでも、日本人を風刺する場面ででてきたりしたと思うので。マスクをして歩いてみたら、どんな顔をされるかな?・・・と興味はあるのですが、実験したことがありません。



「公害対策」などと言われると、東京の公害はずい分改善されたので、パリなんかの方が息ぐるしいと答えています。フランスは車検が日本ほどには厳しくないのではないかしら? 黒い煙をはいている車なんて、日本では見かけないと思う。



2006/03/21 | URL | Bourgognissimo  [ 編集 ]
【Re】Sauleさんへ / アルザス
>ザウアークラウトとシュークルート、って独仏どっちが本場なんでしょう。



⇒ 私も疑問に思っているのです。フランスではシュークルートがとても有名で、アルザス以外でも食べる機会が多いです。郷土料理の質が高いアルザスで考えられた料理なのか、あるいは、もともとドイツの料理をアルザスでもやるだけなのか?・・・



>ローリング・ストーンズです。たぶん、Bさんと全然好みが違いますよね!



⇒ う~ん。お金を出さなくて良いと言われても行かないですね。むかし受験勉強をするバックグラウンド音楽では、この手のものでも何でも聞いていたのだけれど。
2006/03/21 | URL | Bourgognissimo  [ 編集 ]
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